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前世


 

 の開皇年間(581〜600)のことである。
 魏州刺史(注:魏州は現在の山西省。刺史は州の長官)となった博陵(注:現在の河北省)の崔彦武(さいげんぶ)が視察の折にある村を通りかかった。その時、突然、
「ここだ、ここだ」
 と嬉しそうに叫び出した。随行の者が驚いていると、ニコニコ笑いながら、
「実はな、ワシは昔、この村で女として暮らしていたのだ。今でもその時住んでいた家を覚えているぞ」
 と言って村の奥へと馬を進めて行った。視察で初めて訪れたはずなのに、彦武は熟知している様子でずんずん村の奥へと入っていく。やがて、一軒の家の前にたどり着くと、従者に命じて門を叩かせた。ややあってかなりの高齢と見える主人が出てきた。刺史じきじきのお成りということで、主人はすっかり恐縮してしまい、どう応対してよいのかわからないほどであった。
 彦武はまるで自分の家のようにさっさと母屋に通ると、東の壁に目をやった。高さ六、七尺(注:一尺は約30センチ)のところに漆喰が厚く盛り上がっているところがあった。彦武は主人を顧みて言った。
「以前、私は日頃愛誦(あいしょう)していた法華経を金の釵(かんざし)五本と一緒にこの壁に埋めました。その経は七巻の最後が火で焦げていて、文字が読めなくなっておりました。今でも私は法華経を読むことを習慣にしておりますが、七巻の最後になるとどうしても思い出せません。何度見直しても覚えられないのですよ」
 随行の者に命じて壁を穿たせたところ、果たして箱が出てきた。中には七巻目の末尾の焦げた経文と金の釵が納められていた。彦武の言葉通りであった。主人はこの品を見ると、ハラハラと涙を落として言った。
「やつがれの妻は生前、いつもこの経を経を誦(ず)しておりました。釵も愛用の品です」
 彦武は今度は庭先にある槐(えんじゅ)を指差して、
「お産の時に髪を切ってこの洞(うろ)の中に納めました」
 果たして洞の中から髪の毛が一束出てきた。主人は亡き妻の遺品に触れて悲しみをかき立てられたが、思いがけずその生まれ変わりである彦武と出会ったことの喜びを隠せなかった。
 彦武は前世の夫である老人に手厚く贈り物をして立ち去った。

(唐『冥雜録』)