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すごいヤツ


 

 朝を開いた満洲族がまだ山海関の向こうにいた時の話である。

 阿里瑪(アリマ)という猛将がいた。凄まじい怪力の持ち主で、盛京(せいけい、注:現在の遼寧省瀋陽)の實勝寺で境内に置かれた石の獅子を軽々と持ち上げたという逸話の持ち主でもあった。この石の獅子は一千斤(注:一斤は600グラム)を越えるものだったと言うから大したものである。

 この阿里瑪がある日、ぬかるみにはまり込んだ。たかだか一尺(注:約32センチ)ほどの深さなのだが、中々足を抜くことができない。そこで阿里瑪は自分の弁髪を掴むと、力まかせに引っ張り上げた。

「ムンッ!!」

 掛け声と共に阿里瑪の体が浮き上がった。そのまま数尺余りの高さまで自分の体を釣り上げた。阿里瑪の両足は易々とぬかるみから解放された。その様は水田から苗を抜くようであった。
 このように勇猛であったので、人は阿里瑪のことをバトゥル(注:満洲語で“英雄”の意味)と呼んだ。百戦百勝、向う所敵無しで数多くの武勲を立てた。

 満洲族が北京に入ってからの阿里瑪には無法な振る舞いが多く見られるようになった。全ては己の功績をたのんでのことである。遂に順治帝は阿里瑪を逮捕させることにした。しかし、相手は勇猛な男である。捕り手が撃退されるのは目に見えていた。そこで、同じくバトゥルの異名を持ち、勇猛さでは阿里瑪に次ぐと言われている占(ジャン)という武将を逮捕に向わせることにした。
 阿里瑪の邸を訪れた占はしばらく世間話をする振りをしていたが、突然、相手の指を掴んだ。驚いた阿里瑪は占の手を払いのけると、
「貴様、何をするかっ!」
 と怒鳴りつけて占を中庭に投げ飛ばした。そして自らも飛び降りると、占を相手に持てる武芸の限りを尽くして闘った。二人の力は伯仲し、中々決着が付かない。業を煮やした阿里瑪が闘う手を休めて叫んだ。
「貴様、何様のつもりだっ!わざわざこの俺に挑みに来たのかっ?」
 その問いに対して占は居住まいを正して言った。
「勅命によりお前を逮捕する」
 阿里瑪は天を仰いで大笑すると、こちらも居住まいを正した。
「なるほどな。男たるものが命を惜しむとでも思っていたのか?フン、下らぬ小細工など弄しおって」
 そう言ってふてぶてしい態度で坐り込んだ。占が縄を掛ける間も一切抵抗しなかった。
 檻車(らんしゃ、注:囚人を護送する四方を格子で囲まれた車)で城外の刑場へ引かれて行くことになったが、城門を潜る際、
「死ぬなら死ぬまでだ。だがな、俺は満洲人だ、バトゥルと呼ばれた男だ。漢人なんぞに俺の死ぬ所を見せられるか!俺を斬るなら城内で斬れ!」
 と叫んで檻車の間から足を蹴り出して突っ張った。そのため、狭い城門内で阿里瑪の足がつかえて檻車は先に進むことができなくなってしまった。仕様がないので死刑執行人は城内で刑を執行することにした。
 阿里瑪はおとなしく執行人の刀の下に首を伸べたのであるが、鍛え抜かれた彼の頚動脈は鋼のようで刀を受け付けない。何度振り下ろしても、刀が撥ね返されてしまうのである。
「おい、占、貴様の刀を貸せ」
 阿里瑪に命じられた占が刀を差し出した。阿里瑪はその刀を己の首筋に突きつけると、

「よっく見ろよ。男ってのはなあ、こうやって死ぬんだぜ!!」

 そう叫んで頚動脈に突き刺した。血が噴水のように吹き出したが、阿里瑪は顔色一つ変えなかった。死刑執行人の振り下ろした刀が、稀代の猛将の生命を断ち切った。

(清『嘯亭雑録』)