歌う女


 

 巌という人がいた。いつも呉(注:現在の江蘇省南部から浙江省北部)に薬草を採りに行っていた。その江巌が富春県(注:浙江省)の清泉山の南に薬草を採りに行った時のことである。
 薬草を求めて山道を歩いていると、どこからか歌声が聞こえてきた。言葉は聞き取れないが、まろやかで澄んだ声であった。見れば遠くに女が一人、石に腰掛けていた。紫の衣装を纏った美しい女で、その女が歌っているのであった。
 心惹かれて巌が女のいる方へ歩んで行こうとすると、女は立ち上がってどこかへ行ってしまった。ただ、その腰掛けていた石が残っているだけだった。
 明くる日、またその場所に行くと女が歌っている。近寄ると、また姿を消した。そのようなことが四日続いた。
 五日目に巌はその石を砕いた。すると、石の中から長さ一尺余りの紫色の玉石が転がり出た。

 以後、女は二度と現れなかった。

(六朝『列異伝』)