和尚と毒薬


 

 々のことである。
 一人の和尚が無性に蒸し餅を食べたくなった。そこで寺の前の店に行き、数十枚の蒸し餅を買い込んだ。ついでに蜂蜜も一壷買った。部屋に戻ると早速、蒸し餅に蜂蜜を塗って食べた。何枚か食べると満腹したので、残った分は鉢に入れ、蜂蜜と一緒に寝台の下に隠しておいた。
 さて、外出することになったこの和尚は、弟子の小坊主を呼んでこう言い含めた。
「ワシの寝台の下にある蒸し餅をしっかり見張っておいてくれよ。一枚でもなくなることのないようにな。それと一緒にしまってある壷の中身は毒薬だから気をつけるように。もしも、一舐めでもしたら、それこそあっという間に死んでしまうぞ」
「はい、わかりました」
 そう答えた小坊主であったが、和尚が出かけてしまうと早速、寝台の下から蒸し餅と蜂蜜を取り出して食い始めた。あまりにおいしくて、気がつくと蒸し餅が二枚しか残っていなかった。
 戻ってきた和尚が小坊主に蒸し餅と蜂蜜を出させると、蒸し餅が二枚しかない。
「お前、まさかこれを食ったんじゃないのか?」
 途端に小坊主はブルブルと震え出し、小声でこう言った。
「じ、実はお師匠様がお出かけになってから、私、蒸し餅のよい匂いをかいだら腹が空いてまいりまして、もう我慢ができずに失敬してしまったのです。腹がくちくなったら今度はお師匠様に叱られることが恐ろしくなりました。そこで、あの毒薬の壷のことを思い出し、死んでお詫びをしようとそっくり食べてしまったのです。だいぶ時間が経ちましたが、不思議なことに全然死ぬ気配がないのでござります」
 これを聞いた和尚は体中の力が抜けて寝台に突っ伏してしまった。しかし、なおも怒りに身を震わせながらブツブツと恨み言を繰り返した。
「罰当たりが、罰当たりめが!何ということだ、ワシの蒸し餅を食いおった、ワシの蒸し餅を食ってしまいおった…」
 小坊主はその意味を解しかねた振りをして、師匠の倒れている横で残っている蒸し餅を平らげてしまった。そして、口を拭いながら、
「お師匠様、おっしゃる通り蒸し餅を平らげました」
 怒った和尚は寝台から飛び降りると口汚く罵った。小坊主は慌てて逃げ出した。

(隋『啓顔録』)