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二郎神君の靴(一)


 

 流天子で名高い宋の徽宗(きそう)皇帝の御世(1100〜1125)のことである。
 この皇帝、政治的能力は皆無であったが、文化人としては優れた天分に恵まれ、書画骨董などの美術品をことのほか愛好した。また江南地方に珍しい花木、石があると聞くと早速、船団を組むと運河を利用して都の開封まで送らせた。悪名高い「花石綱」である。花木や石の供出を命じられた家は搬出のために家屋取り壊しの憂き目を見、輸送の労力は運河周辺の民衆に課せられたので、怨嗟(えんさ)の声は絶えなかった。しかし、この唯美主義者の帝にとってそのようなことはどうでもよかった。
 帝は生ける芸術品、すなわち美女も愛した。後宮には何百人もの美女が蓄えられていた。その中に韓玉翹(かんぎょくぎょう)という妃がいた。

 この夫人、雪白の肌に芙蓉のごとき艶やかな顔(かんばせ)という類まれな美貌の持ち主で、巷では後宮第一の美女と噂されていた。韓夫人は十五歳で入宮したのであるが、これだけの美貌の主でありながら一度として帝の寵愛を受けることがなかった。帝の寵愛を独占していたのは安妃という妃であった。たまにほかの妃嬪が召し出されることもあったが、韓夫人が枕席(ちんせき)に召し出されることはなかった。帝が愛でたのは韓夫人の美貌そのものであった。それゆえ帝は宴席では韓夫人をそば近くに侍らせ、その手を取りもしたが、実質的な寵愛を与えることはなかった。
 韓夫人は後宮の奥深くで、失意の日々を過ごしていた。春の雨や月の光、虫の声、しんしんと降り積もる雪の音…。何を見、何を聞いてもつのるのは憂いばかり。何をするにも物憂くて、夜も眠ることができなければ、食事をとる気にもなれず、ついには床に臥す身となり果ててしまった。夫人の雪のような肌は輝きを失い、美貌にも翳(かげ)りが見られた。
 そのまま花が散るようにはかなくなるかと思われたある日、帝は楊太尉(注:太尉は近衛軍の長官)を召し出した。
「御殿医の話によると夫人の病は心からくるもので、薬では治せないのだそうだ。ここに置いておいたのでは身も心も休まらぬだろうから、そなたの邸に下がらさせてじっくり養生させてやりたい。そなたが薦めた妃だから、親代わりに面倒を見てやってくれ。食事や医者は宮中から遣わそう。治ったら宮中に引き取るゆえ、それまで頼むぞ」
 楊太尉は帝の命を奉じて韓夫人を自邸に迎えると、その宏大な邸の西園を明け渡して住まわせた。何と言っても帝からの大切な預かりものである。西園への扉には厳重に鍵をかけて閉ざし、宮中から連れて来た侍女四人と御典医以外は何者も出入りできないようにした。また、食事や日用品、手紙の類は扉に回転式の桶を作り付け、内側の侍女が受け取るようにした。そして、太尉夫妻は日に一度、必ず韓夫人のご機嫌を伺いに訪れたのである。
 二ヶ月もすると韓夫人の体も徐々に回復し、食も進むようになり、以前の美貌を取り戻した。喜んだ太尉夫妻は快気祝いと送別を兼ねて酒席を設けた。宴も酣(たけなわ)になり、楊太尉は韓夫人に言った。
「お元気になられて本当によろしゅうございました。陛下も夫人のお戻りを首を長くして待ち望んでいらっしゃることでしょう。近いうちに陛下に言上奉って、吉日を選んで御殿にお送りいたしましょう」
 韓夫人は座を退くと、太尉夫妻に向かって丁重にお辞儀をした。
「私はふとした物思いから、病に臥せる身となってしまいましたが、お二方の親身なご看病のお蔭でようやくよくなりました。お二方は私にとって父、母にも等しいお方です」
 そう言って太意夫妻に杯を献じた。
「わがままが許されるなら、陛下にはまだ申し上げないで下さい。もうしばらくこちらで静養させていただきたいのです」
 太尉夫妻も急いで後宮に戻しても帝の寵愛は安妃にあるわけだし、もうしばらく静養させてもよいだろう、と考えて快く承知した。

 それからまた二ヵ月が過ぎた。今度は韓夫人が太尉夫妻への返礼のために酒席を設けた。
 その時の余興で講釈師がいくつか語り物をしたのだが、その中に唐の僖宗(きそう)皇帝の後宮の韓夫人の故事があった。唐朝のその名も同じ韓夫人は後宮にありながら天子の寵愛を受けることのない我が身を託(かこ)って鬱々として楽しまなかった。ある日、一枚の紅葉に己が胸中の思いを記し、後宮から外の堀へ流れ出る小川に浮かべた。この紅葉をちょうど都に科挙を受けに来ていた干祐(かんゆう)という若者が拾い上げ、返歌を書いて後宮に向けて流した。後に干祐は試験に及第して名を挙げるのだが、このことを知った天子が韓夫人を干祐に嫁がせ、二人は紅葉の縁を全うした、という話であった。
 この話を聞いた韓夫人は大きな衝撃を受けた。大きくため息をつくと、
「ああ、私にもそのような幸運が訪れたなら、それこそこの世に生まれた甲斐があったというものだわ…」
 と声にならぬ呟きをもらした。
 酒宴が終わり、部屋に戻ってからもその思いが脳裏から離れなかった。それでも何とかウトウトしたのだが、真夜中になると胸に重苦しさを感じて目が覚めた。
 頭が激しく痛み、手足を動かそうにもだるくて力が入らなかった。全身が炙られるように火照り、暑くもないのに汗が流れた。

 

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