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二郎神君の靴(十二)


 

 観察は滕大尹の元から戻って来るなり力なく椅子に坐り込んだ。
「例の靴の出所のことで、蔡太師邸の捜索はどうなったんですかい?」
 との冉貴(ぜんき)の問いに、
「靴の出所は二郎神君廟だとさ。事件は振出しに戻っちまった」
 と答えて、フーッとため息をついてうなだれた。
「いやはや、オレはつくづく役人暮らしが嫌になったよ。折角、お前が手がかりを見つけてくれたのに、蔡太師にあらぬ疑いをかけたということで叱責される始末さ。お偉方同士はかばい合い。結局、いつも苦労するのはオレ達で、このオレよりも苦労するのがお前達というわけさ。正体もわからないやつを相手に、五日以内に捕えろとの厳命だ。五日だとさ。こうなったら二郎神君の神像でもふん縛るしかないかもなあ。うん、ひょっとすると本当に神像が動いたのかもしれないぞ。いやいや、神像が動くのなら、あの堅物の亀山先生(注:楊時の別号)だって怪しいぞ。蔡太師もわかりゃしねえ。任一郎も臭いし。人間、魔が差すってこともあるからな」
「旦那、やけになっちゃいけません。この件には任一郎は関係ありやせんよ。もちろん、蔡太師も亀山先生もです。よく考えてみて下さい。神様なら何であんなヘマするんです。ここは一つ、神廟の周辺を洗ってみやしょう。きっと何かわかるはずでさあ。あまり期待されても困りますけどね。さあ、そんな顔しっこなしですよ」
 冉貴にこう励まされて、王観察もようやく愁眉を開いた。
「頼りになるのはお前だけだ。お前のような有能な部下に恵まれてオレは幸せだよ」
 早速、冉貴はくず屋に扮すると、二郎神君廟へと向かった。道々、鉦(かね)を鳴らしながら、
「よろず買い取りの百納倉(ひゃくのうそう)でございます。古紙、古着、お宅に眠る不用品、よろず買い取りいたします。片方なくした靴なんて、持っているだけ無駄なこと。よろず買い取り、よろず買い取りの百納倉が参りました」
 と呼ばわったので、誰も彼のことを目明かしだとは思わなかった。神廟に着いた冉貴は下手人逮捕の成功を祈願するために、二郎神君に参拝することにした。荷を下ろして係の道士から線香を買うと、祭壇の前に進んだ。冉貴は線香を焚いて祈った。
「神よ、一刻も早く楊太尉の邸に押し入った賊を捕えられますようご加護を賜らんことを。不肖冉貴、必ず神君に着せられた濡れ衣を晴らしてみせましょうぞ」
 しばらく額ずいてから顔を上げると、道士がお神籤を売っているのが目に入った。冉貴は一つ運試しをしてみようと思った。そこで三度引いてみると、
「上々大吉」
 と出た。
「こりゃあ、幸先がいいな」
 冉貴は神殿の入口で改めて祭壇に振り返って会釈した。そして、荷を担ぐと廟の周りを一巡りすることにした。鉦を鳴らして、
「古紙、古着、不用品がございましたら、よろず買い取りいたします」
 と呼ばわりながら何一つ見落とすまいと目を凝らしながら歩き回った。ある家の前を通りかかった時、
「くず屋さん、ちょいと」
 女の声がした。振り返ると、戸口に掛けた竹の簾をまくり上げて若い女が出てきた。
「奥さん、ご用でしょうか」
 冉貴はもみ手をしながら愛想よく答えた。
「引き取ってもらいたい物があるんだけどね。どうだろう、買ってくれるかい?」
「あっしはよろず買い取りの百納倉ですぜ。引き取れないものなんてありませんや。おっと、死体と位牌だけは願い下げですけどね。とにかく見せてもらいましょう」
 すると女は奥に向かって叫んだ。
「ほれ、チビ、あれを早く持っておいで。おじさんに見せるんだよ。おじさんがいい値で買ってくれたらお前達におやつを買ったげるよ」
 呼ばれて洟(はな)を垂らした薄汚い子供が出てきた。その手に抱えているのは何と、片方の黒い革靴であった。

 

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