のぞき


 

 という姓の少年がいた。隣家の嫁がすごい美人で、この管少年、いつもその姿をのぞき見ることばかり考えていた。そして遂にのぞきに最適の場所を見つけた。それは隣家の厠に面した塀であった。さほど高くないので登るのが簡単で、しかもバッチリ見えたのである。

 ある日、いつものように塀によじ登って隣家をのぞいてみると、美人嫁が軒下で糸を紡いでいるところであった。唇をギュッと噛みしめ、目には涙を浮かべている。何だか様子が変だな、と見ていると姑が奥の方からクドクドと嫁に嫌味の言葉を投げつけるのが聞こえた。少年が、
(あのクソババアめ、うるせえぞ。彼女が可哀相じゃねえか)
 と嫁に同情していると、突然青い着物の女が裏口から入ってくるのが見えた。女はそのまま隣家の仏間に入ると仏像を拝み始めた。立ったりしゃがんだりを繰り返すのだが、どうもその動きが妙なのである。体が固まっているかのように非常にギクシャクとしたものであった。
(ありゃあ、僵尸[キョンシ−]じゃねえのか?)
 そう思うと、少年は急にこわくなった。しかし、目を離すことが出来ず、そのまま成り行きを見守ることにした。女は仏像を拝み終わると軒下へ行き、嫁に向かって手で輪を作る仕種をして何度も厠を指さした。嫁は糸を紡ぐ手を止めてしばらくぼんやりと見入っていたが、突然涙を流して泣き出すと、まっしぐらに厠に駆け込んだ。そして、纏足の布を解いて厠の梁に懸けた。全て青い着物の女が横で指図されたままなのである。この一部始終を少年は塀の上から見ていた。青い着物の女はおそらく首吊り自殺をした幽霊で、成仏するために嫁を身代わりにしようという魂胆なのである。

「おーい、大変だ!誰か出て来てくれ!!」

 少年は大声で助けを呼びながら、塀から飛び降りて隣家に飛び込んだ。隣家では突然、隣の息子が何やら叫びながら飛び込んで来たので、びっくりして家中総出の大騒ぎになった。少年が事情を説明して、家人と共に厠に飛び込むと果たして嫁が首を吊っていた。急いで下ろして手当てを施した甲斐もあって、ほどなく息を吹き返した。その時にはもう青い着物の女は姿を消していた。
 その騒ぎの中、ほどなくして隣家の夫が帰宅してきた。家人が嫁が首を吊りかけたことを説明すると、管少年に涙を流して感謝した。夫がふと気付いたように尋ねた。
「ところで、なぜ、家内が首を吊ったことにお気が付かれたので?」
 突然の質問に管少年は慌てた。まさか、のぞきをしていたとも言えず、

「え…とですね、…うん、そうだ、たまたま屋根の草取りをしておりまして…。そうです、草取りをしていたんです。それで、見つけたんですよ」

 とごまかした。その答えを聞いて皆は、
「これも運ですなあ、奥方にはまだ寿命があったから、天の思し召しで偶然、管殿が屋根に草取りに登るよう仕向けられたんですなあ。これこそ神仏の思し召しですわ」
 隣家の夫が管少年に謝礼を渡そうとしたが、固辞して受けずに帰って行った。

 これに懲りた管少年は以後、のぞきをやめた。

(清『夜譚随録』)