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古井戸の怪


 

 の天宝年間(742〜756)のことである。金陵(注:現在の南京)の裕福な家の子弟で陳仲躬(ちんちゅうきゅう)という人がいた。仲躬は生来学問を好み、研鑚(けんさん)を積むために何千両もの金子を携えて洛陽に遊学することにした。洛陽に着いた仲躬は清化里に居を構えた。その中庭には大きな井戸が一つあり、よく人が落ちて溺死することがあったが、仲躬は独り者で井戸に落ちるような家族がいなかったので、気にも留めなかった。

 洛陽に来て一ヶ月余り過ぎた時、隣家の娘が井戸に落ちて死んだ。いつもこの井戸に水を汲みに来ていた娘である。仲躬も見知った娘で、よく身を乗り出して井戸の中をぼんやりと覗きこんでいた。井戸の水は思ったよりも深く、家人が一晩中井戸を浚ってようやく遺体を引き上げたとのことであった。仲躬はこの事件に尋常ならざるものを感じて、井戸を観察することにした。
 ある日、仲躬が井戸の中を覗きこんでいると、水面にボウッと女の姿が浮かんできた。今はやりの身なりをしたすごい美人である。紅い手巾(ハンカチ)で顔を半ば隠してしなを作り、仲躬に向かって流し目を送ってきた。仲躬は思わず身を乗り出した。しかし、井戸に落ち込みそうになり、我に返って体勢を立て直したので、落ちないですんだ。井戸から目をそらして、仲躬はつぶやいた。
「これが人を井戸に誘い込んでいたあやかしか…」

 数ヶ月後、洛陽一帯は旱魃に見舞われたが、この井戸の水は一滴も減らなかった。しばらくして、突然井戸の水が涸れた。翌日の早朝、仲躬宅の門をたたく者がある。誰何(すいか)すると、
「敬元頴(けいげんえい)と申します。お目通りをお許し下さいませ」
 となまめかしい声が返ってきた。
 仲躬が門を開けると、入ってきたのは井戸の中で見た女であった。緑色の衣を着て、髪型から化粧に至るまで全て最新流行である。席を勧めて、今までの経緯を問うた。元頴と名乗る女は答えた。
「私は人殺しではございません。この井戸の中には一匹の邪龍が住みついております。こ奴は漢朝の絳侯(こうこう)がここに井戸を掘られた時に、住み着いたものでございます。当時、この洛陽城には五匹の邪龍がおりましたが、その内の一匹がこ奴です。太一真人様の侍従の龍と誼(よしみ)を通じ、罪を犯しても目こぼしを受けておりました。天帝が諸龍をお集めになられた時も、用事にかこつけて参りませんでした。こ奴は人の生き血を好んで飲みまして、漢朝よりこのかた、もう三千七百人も殺しております。私は本朝初めに井戸に落ち込み、以来この邪龍にこき使われ、不本意ながら餌食(えじき)となる人間を井戸の中へ誘い込んでおります。昨日、突然太一真人様が天下の諸龍に召集をお掛けになられまして、それで河南地方の水が涸れております。今回は邪龍の奴めも出かけました。井戸の水が涸れたのはこのせいです。おそらく三、四日は戻らないはずです。お願いでございます。井戸の底を浚って私を引き上げて下さいませ。そうすれば、もう邪龍のもとで苦しい思いをしないで済みます。もしそうして下さるなら、私、一生あなた様にお仕え致す所存にございます」
 そう言って女の姿は見えなくなった。仲躬はすぐさま下僕を二人呼んで井戸を浚わせた。しばらくして、二人の下僕は一つの古い鏡を手に上がって来た。直径は七寸七分。仲躬はこの鏡を洗わせると箱に収めて、香を供えた。この鏡の精が敬元頴だったのである。
 その夜、元頴がやって来た。真っ直ぐ灯りの前に行くと、跪いて仲躬に例を述べた。
「あなた様のご恩、決して忘れは致しません。私は元々、師曠(しこう、注:春秋時代の晋の楽師)の造った十二枚の鏡の内の七番目の鏡でございます。師曠は鏡を造る時、大小さまざまなものを造りました。私を造ったのは丁度七月七日の正午でした。本朝の貞観(627〜649)年間にある女の胸に抱かれて共に井戸に沈みました。井戸の水は深く、邪龍の毒気が充満していたので、女はたちどころに死んでしまいましたが、私の方は引き上げてくれる人もないまま、邪龍に使われる身となったのです。今日、ようやくあなた様のお蔭をもちましてこの世に戻ることができました」
そう言って何度も謝した。そして身を起こして続けた。
「明日早朝、すぐによそへ移って下さいませ」
「ここの家賃はもう払ってしまってる。引越せなんて言われても、どこへ越したらいいんだ?」
「それならご心配いりません。ただお身の回りの物だけまとめて下されば結構です。あとは私にお任せ下さい」
 元頴は言い終わると立ち去ろうとした。仲躬はそれを引き止めて訊ねた。
「あなたが身に着けてるものは一体どこで手に入れているの?」
 元頴はニッコリ笑って答えた。
「私は常に変化(へんげ)します。今の姿も本来の姿ではありません」
 そう言うと、元頴の姿はかき消すように見えなくなった。

 翌日早朝、突然一人の下僕が仲躬を訪ねて来た。家主を連れており、すぐに立徳坊の家に移るように言う。いざ、行ってみると今まで借りていた家と規模も家賃も全く同じである。下僕が言った。
「金と契約書はこちらにあります」
 三日後、仲躬が住んでいた井戸のある家の天井が突然崩れた。しかし、すでに空き家であったので誰も怪我をしないで済んだ。
 仲躬は次の科挙に見事合格し、以来順調に昇進した。仲躬は鏡の精の目に見えない援助のお蔭だと思った。

 鏡の背面には二十八の蝌蚪文字(かともじ、注:漢代の古代文字)が刻まれていた。

  「維晋新公二年七月七日午時于首陽山前白龍潭鋳成此鏡千年在世」

(唐『博異志』)