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目を借りる話


 

 京崇文門内に祠廟(しびょう)がある。ここには明の兵部尚書于謙が祀られている。

 英宗皇帝はオイラートの侵攻に対して親征したが、土木堡(どぼくほ、注:河北省)で大敗を喫し、捕虜となった。この未曾有(みぞう)の国難に際して、新たに景帝を擁立して北京を防守したのが于謙である。
 しかし、一旦、オイラートと和議が成立し、帰還した英宗が帝位に復位すると、于謙は反逆罪に問われた。家産は没収され、于謙は死罪、家族は流刑に処せられることに決まった。于謙の邸は差し押さえられたが、余分な蓄えは何もなかった。ただ、厳重に戸締りされた一室があった。中にはかつて景帝から下賜された朝服や刀剣、宝物などが大事に納められていた。
 于謙の処刑の日、巻き上がる砂塵は日の光をさえぎり、吹き寄せる砂つぶては刑場へ向う檻車(らんしゃ)の行く手をはばんだ。処刑の後、心ある人は酒を捧げて慟哭(どうこく)した。
 夫人は山海関へ流されたのだが、ある晩、夢枕に于謙が立ってこう言った。
「我が身は死んだが、魂魄(こんぱく)はまだ散っていない。ただ、もう目が見えないので、姿を現そうにもどうしようもない。そこで、お前の目を借りて、陛下の御前にまかり出ることにする」
 目覚めると、夫人は視力を失っていた。
 その頃、北京では宮城の奉天門が火災に見舞われた。英宗は自ら視察に赴いたのだが、その炎の中に人の双眸(そうぼう)を見た。よく見れば、それは于謙の姿であった。その時、英宗は于謙がまったくの冤罪(えんざい)であったことを悟った。そこで、流罪に処した夫人を赦免(しゃめん)する詔(みことのり)を下した。

 同じ頃、夫人は于謙が目を返しにくる夢を見た。目覚めると視力は元に戻っていた。

(明『帝京景物略』)