酒甕


 

 州(注:現在の山西省)に姜修という酒屋の主人がいた。野放図で大酒飲みであった。どのくらい酒飲みかというと、朝、起き抜けにまずゴクリ。朝食は飯粒よりも液体の方が喉の通りも吸収もいいからとゴクリゴクリ。売り物の酒が悪くなってちゃいけない、味見をしよう、とゴクゴクゴク。こっちの甕のは美味いが、あっちの甕のはどうだかわからん、とゴクゴクゴクゴク…。こんな調子なので昼までにはもう、へべれけである。朝から晩まで酔っ払っていて、素面(しらふ)な時が珍しいくらいであった。
 一人で飲んで酔っ払っていれば無害なのだが、人と飲むのが大好きであった。しかも、無理矢理勧める。初めは付き合いで一緒に飲んでいた人達も修の大酒飲みぶりに恐れをなし、誘われても来なくなってしまった。そんなわけで、姜修には友人が少なかった。
 ある時、いつものように姜修が一人で飲んでいると、誰か扉を叩くものがあった。
「ぅお〜い、客だぞ」
 家人は店の方で忙しく、応対に出る者がなかった。仕方なく修がふらつく足取りで扉を開くと、そこには誰もいなかった。
「ん?気のせいか…、ヒック!」
 その時、下の方から声が聞こえてきた。
「ここですよ、ここですよ」
 修が目線を下げると、黒い帽子に黒い着物を着た男が立っていた。もし、修が素面だったら、仰天したはずであった。なぜならその男の身丈はわずか三尺(注:約90センチ)しかなかった上に、その腰回りがたっぷり数抱えもあったからである。しかし、修はいつも通りすっかりできあがっていたから、何の疑問も感じなかった。男は、
「あなたと酒を飲んでみたいのです」
 と言った。それを聞いて修は喜んだ。ずっと修と飲みたいなどと言ってくれる人がいなかったからである。早速、男と差し向かいで酒を酌み交わし始めた。男は笑って言った。
「私は普段から酒が好きなのですが、いつも飲み足りない。思う存分飲めたら楽しいでしょうなあ。飲み足りないほど、つまらんことはないですよ。末永くお付き合いさせていただきたいのですが、いかがなものでしょう。私はあなたが人情と義理に篤いお方だとお聞きして、お慕い申し上げておりました。いやあ、今日こうしてあなたとご一緒できて幸せだあ」
 修はすっかり嬉しくなった。
「君は私の同好の士だよ、仲間だよ。よし、別け隔てなんてのはなしだ」
 と言うと、遂に一つ筵に坐り込んで思う存分痛飲した。
 男は三石(注:一石は約60リットル)近くも飲んだのに、少しも酔わなかった。これにはさすがの修も訝しく思った。もしかして人間ではないのかも…?そこで立ち上がると、男に丁重な挨拶をして出身や姓名を訊ねた。また、なぜそんなに大量の酒が飲めるのかもきいた。すると男は、
「私は姓は成、名は徳器といいます。先祖は郊外の出身でしたが、たまたま天の思し召しでこうしてお役に立てるようになりました。私はもう老いぼれました。修行を積んだおかげで、こんなに酒を飲めるようになったのです。五石はいけますよ。腹一杯になれたら、気がおさまるのになあ」
 この話を聞いた修はどんどん酒を勧めた。すぐに五石になった。さすがにこの男も酔っぱらって歌い踊り始めた。
「ああ、楽しいな、楽しいなあ。こんなに楽しいのは始めてだあ」
 そして酔いつぶれて地べたに寝転んでしまった。修は下男を呼ぶと男を寝室に運び込ませた。部屋に運び込んだ途端、男は飛び起きるとヨタヨタと駆け出した。驚いた家人がその後を追おうとした時、男は石につまづいてひっくり返った。

ガチャンッ!!

 物の砕ける音がしたかと思うと、男の体が見えなくなった。夜明けになってその付近を探すと、男が倒れた所には、一年余り前に仕込んだ酒甕のかけらが散らばっていた。

(唐『瀟湘録』)