Make your own free website on Tripod.com

 

月見


 

 の太和年間(827〜835)、周生という人が太湖の洞庭山に廬(いおり)を結んでいた。この人は道術を修めて呉楚地方を遍歴し、人々の尊敬を集めていた。その彼が広陵(注:江蘇省)の舎佛寺に滞在していた時のことである。
 折りしも中秋節にあたり、友人達が連れ立って周生のもとを訪れた。夜空は雲一つなく晴れ渡り、満月が晧々と輝いていた。皆、その名月を愛でながら詩を吟じ合った。
 話が開元の中秋に玄宗皇帝が羅公遠とともに月宮に遊んだことに及んだ。
「僕達は普通の人間だから、月に行くなんてことはできないよなあ」
 客達はそう言って嘆いた。すると周生が思わせぶりな笑みを浮かべて言った。
「君達、忘れたのかい?僕は道術を修めたんだよ。月に行くことぐらいできるさ。それだけじゃあない。月を取って懐に入れることだってできるよ。君達には信じてもらえるかなあ」
 それを聞いた客達は半信半疑で顔を見合わせた。
「証拠を見せないと信じてもらえそうもないね」
 そこで、周生は一室を片付けさせると、衝立(ついたて)を立てて覗くことができないようにした。それから箸を数百膳用意させ、下僕に命じて縄でつなぎ、長い梯子を作った。
「この梯子を上って月を取ってくる。呼んだら見に来てくれ」
 そう言って部屋を閉ざした。
 客達は待つ間、庭を散策していたのだが、急に空が暗くなった。見上げると、さきほどまで輝いていた月の姿が見えなくなっている。雲に隠れたわけではない。今夜の空は雲一つなく晴れ渡っていた。
 一同が不思議がっているその時、
「戻ったぞ」
 周生の呼ぶ声が聞こえた。客達が部屋に入ってみると、周生が懐を押さえて笑っていた。
「月はほらこの通り、ここにある。ご覧に入れよう」
 周生はそう言いながら懐から一寸ほどの月を取り出した。その途端、まぶしい光が流れ出し、室内に満ちあふれた。それとともに何ともいえない冷気が肌身にしみ渡った。
「これで信じてもらえるだろう」
 客達は疑った非礼を詫びた。そして、その冷気があまりにも強烈なので、早くしまってくれるよう頼んだ。周生は客達を部屋から追い出すと、また扉をしめ切った。
 外はまだ暗かったが、しばらくすると明るくなった。見上げると、空には満月が何ごともなかったかのように輝いていた。

(唐『宣室志』)