蓮花(一)


 

 る秋のうららかな日のことである。湖州(注:現在の浙江省)の士人、宗湘若(そうしょうじゃく)が所有の田畑を見回っていると、あぜ道の脇の草むらがザワザワと揺れ動いていた。不審に思って近寄ってみると、男女がよろしくやっている最中であった。思わず吹き出してそのまま立ち去ろうとしたのだが、それに気付いた男の方はそそくさと締めて恥ずかしそうに走り去った。女も身仕舞いを正して立ち上がった。垢抜けた色っぽい女であった。湘若は思わず心が動いた。内心、モノにしたいとは思ったものの女に拒まれては、といささか気後れもした。そこで気を引いてみるために、着物の裾を払ってやりながらこう言ってみた。
「逢い引きはどうだった?」
 女は袂で口許を覆って笑ったまま何も答えなかった。大胆になった湘若が女の胸元に手を入れてみると、すべっこい肌触りである。着物の胸元を開くと、凝脂(ぎょうし)のように潤う肌が現れた。撫で摩る手に吸いつくようであった。湘若がいつまでも肌を撫でているので、女は笑い出した。
「間抜けな秀才さんだこと。さっきから撫でてばっかり。好きなようにすればいいじゃない」
 名前を尋ねると、
「どうせ一回きりのことじゃない。どこの誰兵衛でも構わないでしょ」
 と素っ気なかった。そして、湘若に早く事を済ませるよう促すのであった。湘若が、
「田んぼの草むらでなんて山奥の豚飼いのすることさ。僕の性に合わないね。それに、君のような美人のすることじゃないよ」
 と言うと女も同意した。そこで、
「ねえ、すぐそこに僕の書斎があるんだ。むさくるしい所だけど、良かったら泊まっていかないかい?」
 と持ち掛けてみたところ、女は少し考えてからこう答えた。
「一旦、帰るわ。家を出てかなり経ってるから、家族が心配してるかもしれないもの。場所を教えてくれれば、夜にでもこちらからお伺いするわ」
 そこで、湘若が目印になるものを教えてやると、
「じゃあ、夜に」
 と言って、女は立ち去った。
 その夜、湘若が半信半疑で待っていると、果して初更(注:夜8時)頃、女が忍んでやって来た。女の情愛はすこぶる細やかで、湘若は天にも昇る心地であった。以来、女は毎晩、湘若のもとに忍んで来た。湘若は女のことを秘密にしたので、人に知られることなく心行くまで逢瀬を楽しめたのである。

 その頃、一人の喇嘛(らま)僧が村の寺に逗留していた。僧はたまたま参拝に訪れた湘若を見ると、驚いて言った。
「あなたの体から邪気が立ち昇っておりますぞ。何か最近、変わったことはおありかな?」
 その時、湘若は、
「ありません」
 と答えたのだが、数日もすると、床から起き上がれなくなってしまった。

 

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