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 年県(注:長安の一行政区域)の捕盗役人である李公は美食が大好きで、占いが大嫌いであった。理由をはっきり説明したことはないが、やはり司法に携わる人間としてこのような条理に合わないものに体質的な嫌悪感を持っていたのだろう。

 ある春の日、李公は親しい友人数人を招いて長安城の西門近くの料亭で宴会を開いた。菜譜(メニュー)を見ながら、
「…と、そうだ、さっぱりしたのもほしいな。鱠(なます)はあるか?」
「はい、ございます」
「じゃあ、それだ。あと、酒も持って来てくれ」
 給仕が出て行くのと入れ替わりに見知らぬ男が入ってきた。誰かの知り合いかと思ったが、その男は誰に挨拶をするわけでもなく、黙って入り口に近い席に腰を下ろした。今日の宴会の主人である李公が声を掛けた。
「そちらはどちらかな?」
「ああ、ワシかの?易者じゃよ」
 男はヌケヌケと答えた。易者と聞いて李公はムッときた。友人の一人が男に尋ねた。
「へええ、何が占えるのかね?」
「ワシはな、誰が何を食べるのか当てることができるのじゃ。お前さん達はこれから鱠をお食べになるのじゃろ?」
 この易者の魂胆は今日の宴会のおこぼれにありつこうというものらしい。皆が顔を見合わせてクスクス笑い出した。ただ李公一人が苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。
「フン、大方給仕に注文するのを部屋の外で聞いてたんだろう」
 易者は李公の不機嫌などものともせず、卓に並べられた突き出しの落花生をポリポリ囓り出した。
「もう一つ、教えて進ぜようかの。料理にありつけない不運な御仁が一人おられるぞ」
「へえ、そりゃ誰だい?」
 面白がった友人の一人が聞き返した。
「それはだの…」  
 易者は指を舐めてから、李公を指さした。
「…お前さんじゃよ」
 自分だと言われて李公はしばらく呆気にとられてしまった。さすがにすぐには言葉が出てこなかったが、
「な、何をバカげたことを。俺は今日の主人だぞ。その俺が鱠を食えない道理なんてあるものか」
「まあな、世の中どこで何が起こるかわからんからのう」
 友人達は興味津々で二人のやりとりを見守っていた。ここでこんなヘボ易者に言い負かされては男がすたる、ということで李公は易者に向かって言った。
「なら、賭をしようじゃないか。もしもお前さんの占いが当たっていたら、見料として銭を五千枚くれてやる。もしも外れたら、その時はただじゃおかんぞ。ここにいるみんなが証人だ」
 そう言い終わらない内に、給仕が料理を運んできた。李公はことさら機嫌よく言った。
「さあさ、みんな遠慮せずにやってくれ」
 そして、自分も箸を取った。その時、部屋の扉が開いたので次の料理が運ばれてきたのかと思ったら、李公の部下が顔を出した。
「ああ、いらした、いらした。お宅に伺ったら、こちらだと聞きまして」
「何だ?今日は非番だ。仕事の話なら聞かんぞ」
 李公は知らぬふりを決めこもうとした。 
「そうも言ってられませんよ、京兆尹(けいちょういん、注:長安北部地区の行政長官)さまのお召しです」
「何だって?一体何の用だ?」
「急ぎの裁判が入ったんですよ」
「クソッ!」
 李公は舌打ちすると、役所へすっ飛んで行った。役所ではちょうど裁判の始まるところであった。
(時間がかかりそうだな…)
 そう思った李公は料亭へ部下を遣わして、客達に先に食べ始めるようにと伝えさせた。また鱠を食べそこねたら困るので、料理人に鱠を二皿残しておくよう伝言するのも忘れなかった。
 客達が食事を済ませた頃、李公が飛び込んで来た。
「終わった、終わった、意外に早く終わったわい」
 李公は上着を脱ぐと、易者の真向かいにどっかと腰を下ろした。給仕が残しておいた二皿の鱠を運んで来た。
「仕事の後にはさっぱりしたのが一番だな」
 李公は箸を取り上げると、易者に突き付けた。
「フン、俺が鱠を食えないなんぞとでたらめをほざきおって。鱠は俺の前にある、食えないはずがないだろう」
「ワシの占いがはずれたことはないんじゃ」
 と、易者は涼しい顔をしている。これには李公、ムッときた。箸で鱠を挟み上げると、それを易者の目の目に突き出した。
「…しっかり見てろよ。今、口に入れてやるからな」
 そう言って李公は鱠を口に運ぼうとした。その時…。

 貞元年間(785〜805)のある春の日、長安城西門近くの料亭が倒壊した。建物の老朽化が原因と思われた。幸い怪我人はなかったが、貸し切りの座敷の被害がひどく、天井がまともに卓の上に落ちて料理がめちゃくちゃになっていた。貸し切り客の名は李公であった。

(唐『逸史』)