化け物屋敷


 

 陽(注:現在の湖北省)の人で後に湘東太守となった李頤(りい)は幼い頃に孤児となった。彼の家族はある事件で命を落としたのが、それはまことに奇怪なものであった。
 李頤の父親という人はまったくの現実主義者で、怪異や迷信などというものを信じなかった。この父がある時、化け物屋敷の噂を耳にした。化け物屋敷といっても別に妖怪が出たというわけではなく、ただ住めば必ず死ぬと言い伝えられているのであった。
「フン!そんな馬鹿げたことがあるものか」
 そう考えた李頤の父親は早速、この屋敷を買い取り、一族郎党を引き連れて移り住んだ。実際に住んでみるとなかなかに快適で、不吉なことなど何も起こらなかった。数年も経つうちに子孫は栄え、自身も順調に出世をして二千石取りの大身となった。
 めでたく栄転の身となった彼は己に幸運をもたらした屋敷を引き払うことになり、親類縁者を招いて宴会を開いた。彼は挨拶代わりにこう言った。
「私、この屋敷に移り住んでから、天下には吉凶などということはないのだということを実感いたしました。この屋敷は本来化け物屋敷と呼ばれ、人をとり殺すと言われておりました。しかし、実際に住んでみたところ、快適なことこの上なく、怪しいことなど何も起こりませなんだ。しかも、我が一族は栄え、私自身こうして栄転の身とあいなりました。人に祟りをなす化け物が一体どこにいたというのです?まあ、この屋敷は、今後、化け物屋敷と呼ばれることはないでしょうな。化け物屋敷なんてとんでもない。これこそ吉宅ですよ。もしもお住みになりたい方がいらっしゃるなら、大いに結構、お住みになるがよろしい。妙な想像などするだけ無駄というものですよ」 
 人々はこの屋敷を結構な屋敷だと褒めそやし、宴会はなごやかに進行した。
 しばらくして李頤の父親は厠(かわや)に立ったのだが、その壁の中から何やら白いものが現れた。それは蓆(むしろ)を巻いたようなもので、高さは五尺ほどあり、真っ白であった。父は引き返して刀を取って来ると、そのものに向って斬りつけた。それは何の抵抗もなく真っ二つに切れた。そして、一瞬のうちに二人の姿に変わった。禍々しいものを感じ取った父は今度は刀を横に払った。すると、今度は四人の人間になった。この四人は刀を奪いとって父を斬り殺し、そのまま宴席に乱入した。宴席はたちまちのうちに阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄と化した。四人は逃げ惑う家族を片っ端から斬り殺していった。不思議なことに李姓の者ばかりが斬り殺され、他姓の者はみな無事であった。
 李頤はこの時、まだ幼くて宴席に出ていなかった。変事に気付いた乳母が李頤を抱き上げ、裏門から逃げ出して他家に駆け込んだ。そのため、李頤一人が生き残ったのであった。

(六朝『捜神後記』)