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鯉(一)


 

 の乾元元年(758)秋の話である。

 蜀州(注:四川省)青城県の主簿の職にある薛偉(せつい)という人が原因不明の病にかかった。始めは大したこともなかったのだが、あれよあれよと悪化して七日後には息を引き取ってしまった。家人が泣きながら経帷子(きょうかたびら)を着替えさせる時、その胸の辺りにほのかに温(ぬく)みが残っていることに気がついた。そのようなわけですぐに納棺する決心もつかず、しばらく様子を見守ることにした。
 こうして二十日が過ぎた。この日もいつも通り家族が寝台を取り巻いて偉の遺骸を見守っていた。その時、何の前触れもなく偉が長いため息をついて起き上がって口を利いたのである。
「おい、ワシが意識を失ってたのはどのくらいだ?」
 努めて驚きを抑えながら家族が、
「二十日間です」
 と答えると、
「すぐにご同役達の様子を見て来てくれ。膾(なます)を食べてるかもしれないからな。そしてワシが生き返った、大変珍しい話をお聞かせしたいのですぐに来てください、と伝えるのだ」
 と命じた。すぐに下男を遣わして役所の様子を見に行かせると、なるほど偉の同僚達が今まさに膾を食べようとしてた。そこで下男が主人の言葉を伝えたところ、一同は食事をやめて揃って偉の家へとやって来た。偉は皆の姿を見るなり、
「諸君は司戸(しこ)の下僕張弼(ちょうひつ)に命じて魚を買って来させたのでは?」
 などと問いかけるので、
「そうだ」
 次に弼に向かって、
「漁師の趙幹は大きな鯉を隠して小さい方をお前に売ろうとしたが、お前は葦の中からその大きい方を探し出して持って帰ったな。役所に戻った時、ちょうど門では司戸の下役が東に、警察の下役が西に坐って碁を打っていたところだった。中に入って座敷に通ると、そこにいる鄒(すう)殿と雷殿が双六(すごろく)をしていて、裴(はい)殿は桃を食べておいでだったな。お前が幹が大きい鯉を隠していたことを話すと、裴殿は鞭打ちを命じられた。確か五回だった。それから鯉を料理番の王士良に渡した。王士良は喜々として鯉を殺しおった。あやつは少々危ないぞ。さて、ワシの言葉に間違いはあるかな」
 とその行動をまるでその場に居合わせていたかのように言い当てた。これには弼も驚きのあまり舌を出すだけであった。
「君はどうして知っているのかね」
 との問いに、偉はニッコリ笑って、
「先ほど殺された鯉は、実はこのワシなのだ」
 と答えた。ビックリした一同からことの経緯を話してくれとせがまれて、偉は話し出した。

 病の始めの頃は、熱のせいで体が燃えるように熱くて堪らなかった。炎熱地獄のような苦しみは七日も続いたか。その内にふと気が遠くなって、熱さも何もを感じなくなったのだ。

 

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