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鯉(二)


 

 さは感じなくなったのだが、それでも無性(むしょう)に涼しいところに行きたくて、杖をついて出掛けたのだ。もちろん、夢の中のことだなんて気づきもしないさ。ただ、知人とすれ違っても誰もワシに挨拶もしてくれないから妙だとは思ったよ。それでも体が軽くて軽くて何ともいえずウキウキしていた。ズンズン歩くうちに町を出て山奥へと入っていたのだが、その時の気持ちといったら籠の中の鳥や檻の中の獣がうまく逃げ出せた時にも勝るものだろうな。
 山に入ったワシは足取りも軽く山道を登って行った。そのうちに暑くなってきた。そこで谷川へ下りて行くことにした。川を見ると清流が透き通るように綺麗なんだ。紅葉と青空が鏡のように澄んだ水に映えて、まるで秋そのものが水に溶け込んでいるように見える。ワシはこれほど自然を美しいと思ったことはなかった。しばらく秋の風情を堪能(たんのう)していたのだが、この澄み切った水に体を浸したらさぞかし気持ちがいいだろうな、と思ったのだ。子供じみたことと笑われるかもしれないが、幸い人目はなし。そこで、着物を脱ぎ捨てて水に飛び込んだ。泳ぎには自信があった。子供の頃によく泳いだからな。抜き手を切ってガンガン泳いだ。その気持ちのよいこと。宮仕えをするようになってからはついぞ泳ぐことなどなかったから、日頃の鬱憤(うっぷん)を晴らさんばかりに泳いだわ。
 川にはたくさん魚がいて、うろこを銀色に輝かせながら気持ちよさそうに泳いでいた。その時、ふとこんなことを考えたのだ。
「いくら泳ぎがうまい人間でもひれを持った魚にはかなわないな。魚の姿になってスイスイ泳げたらどれほど気持ちのよいことか」
 すると一匹の魚がワシに近寄って来た。
「エヘン、エヘン、もうしもし」
 驚いたことに人間の言葉を口にするではないか。魚はワシの驚きなど意に介さずに続けた。
「あなたはそんなに魚の姿になりたいのですか?それなら簡単ですよ。願いさえすればよいのです。そうすれば本当の魚になることだってできますよ。ましてや魚の姿になるくらいわけないこと。もしよろしかったら、この私が何とかしてさしあげましょう」
 そう言ってどこかに泳いでいった。
 しばらくすると魚の頭をした大男が山椒魚(さんしょううお)に跨って現れた。後ろに数十匹の魚を従え、威風はあたりを払っていた。大男は山椒魚から下りると、ワシに向かって厳かに河伯(注:河の神)の詔を読み上げ始めた。
「薛主簿、汝は心より深い淵に浮かぶことを好み、身は束縛のない境地に遊ぶことを願う。無限の水の広がりを楽しみ、清らかな流れに憂いを晴らし、俗界の辛苦を嫌い、幻の世を捨てようとしている。ここにその願いをかなえ、しばらく東の淵の赤い鯉の姿をとらしむることとする。ただし、汝の身を魚と化さしむるものではない。あくまでも人間としての本分を忘れるなかれ。ああ、大波を起こす力を恃(たの)んで、舟を覆すような行いに及べば汝、必ずや冥府の罰を受けん。また、釣り針に目をくらまされて餌を貪るような仕儀に至れば、人界より害を受けること免れぬ。くれぐれも身を過って同類の名を汚さぬよう、楽しく暮らさんことを」
 大男は詔を読み終えると、山椒魚に跨って魚どもを率いて引き返していった。気がつくとワシの体は赤い鯉に変わっていたのだ。
 それからのワシは水の中を自由に泳ぎまわった。魚の体の形というものはよくできていて、水の抵抗というものを感じないんだ。波の上だろうと、淵の底だろうと、水がある限り行けない場所はないのだからな。魚になるのがあんなに気持ちのいいものだとは、誰にも想像はつくまい。ワシは行ける限りのところに泳いでいった。ただ、住処は東の淵と決められていたので、どんなに遠出をしても必ず日暮れには戻ることにしていた。
 何日も泳ぎ回るうちにワシは腹が減ってきた。餌をとろうにもとり方がわからぬ。その時、一艘の舟が頭上を通りすぎた。この後についていけば、何か餌にありつけるかもしれないと思ってついていった。その時、ワシの目の前に餌のついた釣針が下りてきた。

 

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