咸陽宮の秘宝


 

 の高祖劉邦が項羽に先んじて咸陽宮に入った時のことである。宝物庫を点検して回ったのだが、そこに収蔵された金玉珍宝の数々は莫大なものであった。
 劉邦が特に珍しく思ったものに、玉製の五枝燈がある。高さ七尺五寸(注:約175センチ)、五匹のみずちが首をもたげた形になっている。みずちの口はそれぞれ灯火をくわえ、灯火が燃えるとみずちの燐が動く仕掛けになっていた。鱗に灯火が映え、星の瞬(またた)きのような光が室内に満ちた。
 また、銅製の人形が十二体あった。一つ筵(むしろ)に居並んで坐る形で、高さはいずれも三尺(注:約70センチ)、それぞれ手に琴や筑等の楽器を持ち、衣冠束帯は本物と変わりなかった。筵の下に二本の銅管が走り、その端は筵の後ろから数尺の高さまで突き出していた。二本の管の内、一本は空で、もう一本は中に指くらいの太さの縄が通っている。演奏の時には一人が空の管を吹き、一人が縄を引く。するとからくりに空気が送り込まれて動き始めて、それぞれの銅人の手にした楽器が音曲を奏でるのである。生の演奏と変わり
なかった。
 他に十三本の弦に二十六個の琴柱(ことじ)を取り付けた長さ六尺(注:約140センチ)の琴があった。七宝で飾られていたが、特に変わったからくりはなかった。
 玉笛には驚くべきからくりがあった。長さは二尺三寸(注:約53センチ)、六孔である。これを吹き鳴らすと車馬や山林などの光景が次から次へ現れた。吹くのを止めると見えなくなる。銘に「昭華之管」と記してあった。古の西王母が聖王舜に献上したと言われる笛であろうか。
 楽器以外の珍しい物に方形の鏡がある。縦が五尺九寸(注:約135センチ)、横が四尺(注:約9センチ)あった。表も裏も透き通っている。人が側に立つとその影が逆さまに映る。手で胸を隠して立つと、胃や腸などの五臓が透けて見える。もし病の疑いがある時は、胸を隠して鏡の前に立ちさえすれば病の有無を知ることが出来た。また婦人で不義を働いている者があれば、その胆は並みはずれて太くなり、心臓の動きは乱れているはずである。秦の始皇帝はよくこの鏡で、後宮の宮女を照らした。心臓がの動が乱れ、胆の太い者が見つかれば、不義を働いていると見なして即座に殺していた。
 劉邦は点検の後、これらの宝物庫を全て封印した。劉邦に遅れること数日にして咸陽宮に入った項羽は火を放ち、美女や財宝を悉くことごとく奪った。残念なことにこれらの財宝の行方を知る者はいない。

(漢『西京雑記』)