明礬


 

 留(注:現在の河南省)の李恒(りこう)は呪術師として名高かった。近隣の人々は何かあると李恒のもとを訪れて、吉凶を占ってもらうのが常であった。
 ある時、陳留の県尉(注:現在の警察署長)陳増の妻張氏が李恒を召し出して呪いをさせた。李恒は大きな鉢に水を満たすと、何も書かれていない一枚の紙を浸して張氏に見せた。張氏が見てみれば、さっきまで何もなかった紙の上に一人の婦人の姿が浮き上がっていた。婦人は恐ろしげな幽鬼に髪を掴まれて引きずられ、別の幽鬼に棒で追い立てられていた。張氏は恐ろしさのあまり震えながら涙を流した。そして、李恒に一万銭と一揃いの着物を贈って、お祓(はら)いをさせた。
 そのことを妻から聞いた陳増は翌日、李恒を召し出した。陳増は水を満たした鉢に紙を浸し、李恒に見せた。紙の上には十人もの幽鬼に髪を掴まれ、棒で追い立てられる人の姿が浮き上がって見えた。その横に小さな字で、
「此李恒也(これは李恒なり)」
 と書いてあった。途端に李恒は青ざめてその場から逃げ出した。しばらくすると昨日、張氏から贈られた銭と着物を返してきた。そしてそのまま逐電してしまったのであった。
 李恒の突然の失踪に不思議がる人々に陳増はこう言った。
「あれは簡単な仕掛けだよ。あらかじめ紙に明礬(みょうばん)で絵を描いておくのだ。水に浸すと絵が浮き出てくるのさ」

(唐『弁疑志』)