木霊


 

 州(注:現在の陝西省)西北の白経嶺付近に上邏(じょうら)村という農村がある。その村に田氏という農民がいた。この田氏が井戸を掘っていた時のことである。
 掘り進む内に人の腕位もある太さの木の根に突き当たった。根の表皮は茯苓(ぶくりょう、注:きのこの一種で薬用になる)のようで、良い香りを放っている。何やら尋常ならざるものを感じた田氏は根を掘り起こして持ち帰った。彼の家は仏教の熱心な信者で、家には数十体もの仏像を安置した仏堂を備え、朝晩経を唱えていた。彼はこの不思議な根を仏像の前に供えることにした。
 田氏には登娘(とうじょう)という娘がいた。芳紀十六才の大層な美人であった。田氏は娘に命じてこの根に毎日香と花を供えさせた。

 根を掘り起こしてから一年ほど経ったある日のことである。登娘がいつものように仏堂で香を焚いていると、白衣をまとった一人の少年が入って来た。少年はニコニコ笑いながら登娘に近寄ると、その手を取った。途端に登娘は頭がボウッとして、そのまま少年に身を委ねてしまった。以来、登娘が仏堂に行く度に少年も現れ、逢い引きを続けたのである。
 例の根は掘り起こしてからも、毎年春になると芽吹いた。根が芽吹いた頃、登娘は自分が身ごもったことに気付いた。そこで思い切って母親に洗いざらい打ち明けて相談した。母親は妖怪の仕業かもしれない、と訝しがった。
 ある日、一人の僧侶が田氏の家宅の前を通りかかった。敬虔(けいけん)な田氏は斎(とき)を振る舞おうと僧侶を呼び入れた。僧侶は田氏の仏堂の評判を聞いていたので、是非中を見たいと思い仏堂へ赴いた。しかし、根が仏堂をしっかりと取り巻いており、扉を開けることはできなかった。その時、中では登娘と少年が逢い引きをしている最中であった。
 別の日、登娘が母親と共に外出したすきに、僧侶は再び仏堂へ赴いた。扉を開けると、鳩が中から飛び出して来て羽で僧侶を滅多打ちにした。それから、いずこかへ飛び去った。その日を境に少年は現れなくなった。例の根は朽ち果てていた。
 登娘は身ごもってから七ヶ月後に、あの木の根とそっくりのものを産み落とした。田氏は不祥なものとして焼き払ってしまった。

 以来、怪事は起こらなくなった。

(唐『酉陽雑俎』)