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業病(一)


 

 南(わいなん)の禹迹(うせき)山は深山幽谷を有し、すこぶる幽玄で、まさに神龍の憩う所と言われていた。この神龍の住まいに人跡が及んだのは明の末になってからのことで、今では集落もでき、よその集落と何の変わりもなくなってしまった。
 この禹迹山の麓(ふもと)に住居を構える陳家では今、一人の婦人が死出の旅路につこうとしていた。婦人の名は黄氏、当主の陳楙(ぼう)の妻である。黄氏の枕辺では一人の少年が涙を拭っていた。
「綺や」
 黄氏は弱々しく手を伸べると、少年の手を握りしめた。
「お母様」
 少年は涙に濡れた顔を上げた。その柔和な面貌は母である黄氏とよく似ていた。
「ああ、可愛い子、お前を残して私は逝かなければならない…。死ぬのは怖くはないけれど、気がかりなのはお前のこと…」
 黄氏は息子の頬を撫でながら涙を落とした。
「私が亡くなれば、お父様はきっと後添いを迎えるでしょう。継母が継子に辛く当たるのは世の習い。お前も辛い思いをするでしょう。そうなったら、広東(カントン)にいる私の弟を尋ねなさい」
 黄氏には海客という弟がいたが、かなり前に商売で広東へ移住して音信は絶えていた。黄氏は枕の下から数十金のへそくりを取り出し、広東へ行く時の旅費にするようにと綺に手渡した。綺は泣く泣く受け取った。しばらくして黄氏は身罷った。この時、綺は十五歳であった。
 ほどなくして父は烏氏を後添いに迎えた。烏氏は継子である綺に辛く当たった。綺は学問を好み、行く行くは科挙を受けるつもりで塾通いをしていたのだが、継母はその塾通いを禁じた。村人達が見すぼらしい姿で門口に佇(たたず)む綺を見かけるようになったのはこの頃からである。陳家は集落で裕福な部類に属していたので、これが継母による迫害であるのは明らかであった。しかし、所詮(しょせん)はよその家のこと、誰一人、陳楙に忠告するような者はいなかった。全ては母の言い残した通りになったのである。
 継母の迫害に絶えかねた綺は、母の墓前に自分の苦しみを訴えて泣いた。泣きに泣いて声も枯れた頃、広東にいる母の弟のことを思い出した。
「家を出よう」
 その夜、綺は置き手紙を父の枕元に残すと、母の残してくれた幾ばくかの金を懐に広東へ向けて旅立った。
 一口に広東と言っても広い。実に彼は叔父を尋ねて半年近くもさまよったのだが、その居所は杳(よう)として知れなかった。

 ある日、広東の一農村に一人の乞食が姿を現した。乞食は村外れの檳榔(びんろう)のまがきの前で立ち止まると歌い始めた。その声は哀切と望郷の念に満ちており、聞く人の心を激しく揺さぶった。この家の主も心を揺さぶられたようで、歌に応じて姿を現した。主は赤ら顔に短い髭を生やした初老の男であった。男は乞食の姿を見るなり、声をかけた。
「文雅な顔つきのわりに、心を引き裂くような悲しい歌声ですな」
 乞食は歌うのを止めて答えた。
「学問を修めたことのある私が文雅に見えないはずがありましょうか。落ちぶれ果てたこの身で、悲しまないことがありましょうか」
 乞食は陳綺であった。綺は旅費を使い果たしてついに乞食に身を落としてしまったのである。彼は自分の短慮を悔い、故郷の禹迹山を思った。しかし、今の彼には帰る術などなかった。
「一体、どうなされた?」
 男に問われるまま、綺は広東に来た経緯と母から聞いた叔父の容貌を話した。話を聞き終えた男は、フーッとため息をついてからこう言った。
「お前さんの叔父御、黄海客殿は淮南の出身で色白のあばた面なんだな?」
「はい」
「気の毒に、黄海客殿ならもう亡くなられてしまったぞ」

 

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