業病(二)


 

 は男から叔父が死んだと聞かされて、慌てふためいた。
「そ、それは本当ですか?」
「ああ。叔父御はさる大店(おおだな)で経理を任され、暮らし向きも結構なものだった。遊廓(ゆうかく)で見初めた女郎を身請けして所帯も構えて、万事これからという時に病でポックリ逝ってしまったわ。しかも、この女郎がとんだ食わせ者で、葬式の前日に財産をそっくり盗んで下僕とトンズラしてしまいおった。お陰で誰も弔う者がおらぬ。そこで、ワシがささやかながら柩(ひつぎ)を用意して、村の東外れの尼寺の脇にある柳の木の下に葬った。叔父御とは酒飲み仲間だったからな。丈の低い墓石がそれだよ」
 綺は叔父とは一度も会ったことはなかったが、亡くなったと聞くと思わず涙があふれてきた。男に丁重に謝してから、尼寺へ向かった。果して尼寺の脇の柳の木の下には丈の低い墓石がひっそりと立っていた。寺の尼僧にたずねてみたところ、答えは男のものと同じであった。絶望した綺は墓の前に跪いて泣いた。
「叔父上、もしも魂が現世をさまよっておられるのなら、私を故郷に生きて帰らせて下さい。必ず叔父上もご一緒にお連れします」
 それを見た尼僧は綺のことを哀れみ、豆入りの粥を振る舞ってくれた上にこう言った。
「あなたがお会いなされたのは司空さんです。名を渾(こん)とおっしゃって、叔父御とは懇意にしておいででした。あの方なら、あなたを助けてくれるでしょう。ただ、私がお節介を焼いたなどと口外なさらないで下さい」
 その晩は叔父の墓の前で過ごし、翌日、改めて檳榔(びんろう)のまがきのある家を訪れた。綺は出てきた男に向かって跪くと、
「司空の伯父上」
 と呼びかけてみた。男の方では名乗ってもないのに綺が自分の苗字を知っているので驚きである。
「どうしてワシの苗字をご存知か?」
「お名前の方も存じております。実は夕べ、叔父の墓前で寝ていると、叔父が夢枕に立ち、伯父上にお助けしてもらうようにと言い残したのです」
「叔父御とはさして親しい間柄ではなく、せいぜい面識がある程度だったのだが…、まあいい。ワシも男だ。たとえ死者といえどもワシのことを見込んでの頼みごとだ。何とか手だてを考えてみよう」
 男は胸を叩いて請け負った。行き場のない綺は男の家にしばらく置いてもらうことになった。

 それから三日経った。突然、男は綺に厚地の絹の上衣を贈って言った。
「うちは見ての通りの素寒貧、助けてやりたくてもできないことはご承知のことだろう。幸い、親戚に裕福な者がいる。隣の郡の邱(きゅう)という家だ。遠縁にあたるのだが、うちとは大違いで、すごい金持ちだ。その邱家に娘がおる。名を元媚(げんび)、字(あざな)を麗玉といって、歳はお前さんと同じくらいだ。大層美人だと聞いておる。一人娘ということで両親は必死になって婿探しをしておるのだが、中々適当なのが見つからなくてまだ縁付いておらぬ。そこでだ。お前さんは貧乏だが、典雅な姿をしておいでだ。きっと邱家に気に入られるだろう。ワシが推薦状を書いてあげるから、それを持って邱家を訪ねなされ。そうすれば、叔父御のご遺骨を故郷に持ち帰ることなど簡単だ」
 男が得々と語るのを聞き終えた綺が、
「少し考えさせて下さい」
 と答えるので、男は心外そうに聞き返した。
「一体、何を考えるというのだね?」
「私は山家(やまが)育ちで、質素な生活を送ってきた者です。そんな金持ちの家の入り婿になっても、生活になじめないと思います。ましてや邱家のような婿を必要としている家が、せっかく取った婿を自由にさせてくれるものでしょうか?」
「いやはや、疎(うと)いお方だ。これはあくまでも故郷に帰るための方便だよ。世の中は広い。いったん逃げ出した婿をどうやって連れ戻そうというのかね?」
 こう言われた綺は他によい考えも浮かばなかったので、男の書いてくれた推薦状を手に出発した。

 

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