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操(三)


 

 老人は日頃から懇意にしている地元の名士のもとへ相談しに行った。この名士、姓を王といい、挙人(注:科挙の郷試に合格した者)出身で知県(注:県知事)経験者、人から王のご隠居様と呼ばれていた。 督撫(注:地方長官)のもとで地方官を勤め上げたのだが、退官後の今でも督撫とは親密な関係にあり、その影響力は並々ならぬものであった。
 徐家の方ではわざわざ仲人の労をとってもらうということで、着物四枚分の生地と銀の大杯、そして十二両のお祝儀を贈った。王のご隠居様の方では辞退するそぶりなど一筋も見せず、さっさと受け取った。
 王のご隠居様は日を選んで程翁に会いに行くことにした。ラメ入りの烏紗帽に樺色の丸襟の官服を着込み、日傘を差して出かけていった。程翁は王のご隠居様の突然の訪問に驚いたが、丁重に客間へ通した。それぞれが主客の座についた途端、王のご隠居様は徐家からの縁組みを切り出した。程翁は困惑しながらも、
「娘ならもう、張家との婚約が整っております」
 と辞退すると、王のご隠居様はさも意外そうに、
「そんな馬鹿な!それなら徐家がまたどうしてそれがしに仲人を頼んだのです?」
「本当に本当のことなんです。ほら、ここに書付もあります」
 程翁はそう言って婚約承諾の書付を取り出した。その書付に目を通した王のご隠居様は手を打って、
「アイヤ!こんなに安い金額では婚約とは言えませぬぞ。それがしは五百両の結納金をお約束いたしますぞ」
 としきりに惜しがる。程翁が、
「婚姻を金勘定で決めるなど、それこそ禽獣にも等しい行いではありませんか。娘の婚約はもう決まったことです。今さら覆すなどとんでもないことです」
 と筋を通そうとするのを、王のご隠居様は感心しないと言った様子で、
「フン!覆せないことなどありませぬ。どうせ相手は貧乏秀才、結納金に色をつけてつき返してやればそれこそ恩の字でしょうて。支払いは徐家に回せばいい。徐家の結納金は五百両ですぞ。こういった必要経費を引いても、四百両の金子が手許に残るんですから、いいお話だとは思いませんか。それがしも多くの娘に恵まれましてな、結局八人を嫁がせました。皆日頃から親しくしているところへ縁付けたのですが、一人三百両にもなりましたか。ただ子供を交換するだけで、しかも元手なしで大儲けができるんですぞ。そう依怙地(いこじ)にならず、臨機応変にいこうじゃないですか」
 こういう具合に王のご隠居様がどんなに言葉を尽くして勧めても、程翁は首を縦に振らない。これには王のご隠居様もとりつく島がなく、退散することにした。
 一方、徐家の父子は王のご隠居様の首尾や如何と待ち構えていた。程翁といえども王のご隠居様のご威光の前にはことを曲げるであろうと、そう考えた。その時、王のご隠居様の訪問を告げる声がした。急ぎ出迎えてみると、王のご隠居様は日傘も差さず、官服も着ていなかった。平服に着替え、扇子で煽ぎながら飛び込んできたのだが、父子の顔を見るなりフゥッとため息をついた。
「ワシは挙人になって二十年、お上の仕事にたずさわったのも二十年になり、こうした口利きをどれだけこなしかたかしれぬ。しかし、どんなにことを分けて説いても通じんのじゃ。いやはや、あのような頑固者は初めてじゃわい」
 徐老人、
「もしや断ってきたのですか」
「うむ、断ってきおったわ。この世にはおなごは腐るほどおるぞ。他のよいのを見繕ってやろうからな」
 王のご隠居様はそう言い終わるやあたふたと帰ろうとした。それを徐家の父子は引き止めた。
「まあ、ご隠居様。もう少しごゆっくりしていって下さい」
「ことが不首尾に終わったのに、あいすまぬな」
 王のご隠居様はそう言ってサッサと上座についた。そして、登第を指差して、
「ご令息のような逸材ならば天子様の娘婿にだってなれようものを。ああ、ワシに九番目の娘がおらぬのが恨めしいわい」
「私達父子が愚かなばかりに、縁談を断られる羽目になりました。ここはご隠居様のご高見を仰ぐしかございません。当家にもささやかながら体面というものがございます。今こうしてご隠居様のご出馬を仰ぎながら、縁談がまとまらなかったとなれば、人様の笑いものになるのは必定。ここはご隠居様に今一度お取り持ちをお願いしたいのですが」
 王のご隠居様は扇子で煽ぎながら気乗りしない風に答えた。
「と言ってもなあ、ワシに何ができるものでもないし…、徐殿、何か考えがあるならおっしゃいなされ。できる限り力になるでな」
「聞くところによると現任の知県閣下はご隠居様を殊のほか尊敬なさっておられるとか。穏便にことを運ぼうとして断られたのですから、ここはいっそのことお上に裁いてもらうしかないと思うのですが」
「何と?訴訟に持ち込むお気か?」
 王のご隠居様はパタリと音立てて扇子を閉じた。

 

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