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商いの心得(二)


 

 年の内に、わずかに残っていた財産はすっからかんになってしまった。こんな状態では女房をもらうこともできず、定職もないままフラフラしていた。ただ、諸芸に通じ、口八丁で場の取り持ちが上手かったので友人達には歓迎された。遊びの時には欠かせない人物ということで、幇間(たいこもち)のようなことをして糊口をしのぐ毎日であった。しかし、根が坊ちゃん育ちなので、これを生業にするのには抵抗があった。中には同情して家庭教師の職を紹介してくれる人もいたが、真面目な家では若虚が幇間のようなことをしているのを嫌って雇おうとしなかった。

 ある日、若虚はすることもなく、近くの茶店の店先にボンヤリ坐っていた。そこへ、海外との交易で羽振りのいい連中総勢四十人余りがドヤドヤとやって来た。今度の交易の話し合いをしに来たのである。
「ああ、わてはすっかり落ちぶれてしもうて、その日暮らしの生活や。あん人らにくっついて行って、海外の様子をどないなか見てくるのも損やないやろ。むしろ、冥土の土産になるんとちゃうか。断られることもないやろ。家におればおるで、薪やら米やらの心配をせなあかんし。ここは外に出てすっきりするのが一番や」
 若虚がそんなことを考えているところへ大柄な男が一人、肩で風を切ってやって来た。この男は張大、又の名を張乗運といい、海外との交易を生業にしていた。珍宝奇貨の目利きに長けた人物で、すこぶる羽振りがよい。その名の通り若虚とは正反対の人物であった。その上、親分肌で、善人と見れば一肌脱ぐのを厭わない。そのため、近隣では「張識貨(目利きの張さん)」と呼ばれて一目置かれていた。
 若虚はこの張大を見ると、商いに同行したい旨を伝えた。張大は若虚の話を聞くと喜んだ。
「ええで、ええで。わてら船に乗っとる間、寂しゅうてたまらんのや。もし、文先生が来てくれはるいうんなら、賑やかになってええわ。みんなも喜ぶで。ただなあ、先生だけ手ぶらってのは、なんか勿体のうてなあ。折角、外に出るんやから、何か持って行った方がええで」
 若虚が恥ずかしそうに首をすくめて、
「わての懐が温かければ、何か持って行けるんやけどなあ…」
 と言うと、張大は胸を叩いて、
「よっしゃ。ここはわてに任してもらおか。そや、みんなに言うてみるわ。少しずつ金を出してもらえば何とかなるやろ。それで、何か仕入れるとええわ」
「張はん、感謝しまっせ。そやけど、他の人らがあんたのようにわての面倒を見てくれはりますかいな…」
「とにかく話してみるわな」
 張大はそう言うと、行ってしまった。
 丁度そこへ盲目の易者が小さな鐘を打ち鳴らしながらやって来た。若虚は隠しの中から小銭を一つつまみ出すと、易者に渡して金運を占ってもらうことにした。
「おや、この卦は尋常な卦やありまへんで。ごっつう強い金運ですわ。えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」
 易者はそう言い残して行ってしまった。
「わてはただ海外へ遊びに行って、その日がしのげりゃええ思いよるだけなんになあ。わてに商いなんてできるわけあらへんわ。元手がないし。もし、張はんの言うようにみなの衆が助けてくれはったとしても、なんぼのもんかいな?あのへぼ易者め、それをごっつう強い金運なんて出鱈目抜かしよるわ」
 と、若虚が一人でつらつら考えているところへ、張大がプリプリ怒りながら戻ってて来た。
「はあ、あいつら話にならんわ。『金の切れ目が縁の切れ目』言うがほんまや。文先生や、あんたが一緒に行かはると聞いてみんな喜んだんやで。いざ、少し助けてやろう、と聞いた途端、誰も一言も返事をせえへん。それでも、何とか話の分かる奴が二人ばかりおって、わてと三人で何とか一両にはなったわ。けど、品物を仕入れるには足らへんなあ。ま、あんたが船で食べる果物や菓子を買うのには十分やけど。毎日の食事の世話はこっちでするから心配せんでええで」
「張はん、おおきに、おおきに」
 若虚は幾度も礼を言って、その銀子を受け取った。
「先生、早う、支度せなあかんで。船はじきに出発やからな」
「支度言うても、この身一つや。ちいと市場へ寄ってから、すぐに行きますわ」
「ほな、遅れんといてや」
 張大はそう言い残すと、船着場へ走り去った。
 若虚は一両の銀子を眺めながら、
「何を買うたらええもんやろ…」
 と足の向くまま歩き始めた。市場の一角に足を止めた若虚は、ポンと手を打った。
「あれがええわ」

 さて、彼が目を止めたのは一体どんな代物だったのか?

 

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