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三娘子(一)


 

 のことである。

 開封(かいほう、注:河南省)の西郊に板橋(はんきょう)店という宿場があった。この宿場で三娘子(さんじょうし)という女がいつの頃からか旅籠を開いていた。この女の生国、氏素性を知る者はいなかった。どこからともなく現れた三十余りの年増美人が、身内もなければ使用人も置かず、一人で旅籠を切り盛りしていたのである。
 三娘子の旅籠は数部屋しかない小さなものだったが、なぜか裏の厩(うまや)には驢馬が沢山繋がれており、三娘子はこの驢馬を旅人に安価で貸し出したので非常に重宝されていた。女将が美人な上に驢馬が安く借りられると言うことで、三娘子の旅籠は小さいながらも繁盛していたのである。

 元和年間(806〜820)のある日のこと、許州(注:現在の河南省)の趙季和という人が洛陽へ行く途中、この板橋店に立ち寄った。夜遅く着いたので、どの旅籠も寝台が埋まっていた。季和は日頃から三娘子の旅籠の評判を聞いていたので、試しに行ってみると、既に六、七人の先客がいた。しかし、何とか一つだけ寝台を融通してもらった。壁の向こうは三娘子の部屋になっていた。
 季和が落ち着いて間もなく、三娘子が夕食を出してくれた。食事が済むと、三娘子が酒を運んで来て、自ら酌をして回った。そして、大層巧みな話術で、皆を笑わせたのであった。季和は下戸だったので酒は飲まなかったが、それでも一緒になって楽しんだ。
 二更(注:夜10時頃)近くになると、皆すっかりでき上がってしまい、それぞれ寝台にもぐり込んだ。三娘子も徳利や杯を片付けて、自分の部屋に下がっていった。しばらくすると、旅篭中に泊まり客の寝息や鼾(いびき)
が響き出した。
 ここにただ一人、寝つかれない者がいた。酒を飲まなかった季和である。彼は三娘子や他の泊まり客の話に笑わされたせいか、すっかり目が冴えてしまった。おまけにひどく鼾のうるさい客がおり、益々眠れなくなってしまった。寝床に横になったまま天井を睨んでいたが、明日のこともあるので強いて目をつぶった。
 その時、隣の三娘子の部屋から何やらカサコソと音が聞こえてきた。始めは寝返りを打つ音ぐらいに思っていた。しかし、物音はいつまでも続いた。季和は寝返りを打って、壁の方を向いた。丁度、季和の目線の所の壁が崩れて、穴が空いていた。錐で突いたくらいの小さな穴であったが、そこからポツリと光が漏れていた。不思議に思った季和はその穴に片目を押し当てた。 蝋燭の灯の下に三娘子がしゃがみ込んでいた。その手元には小さな箱があり、そこから何やら取り出して並べた。よく見るとそれは小さな鋤(すき)に、木彫りの牛と人形だった。いずれも六、七寸(注:一寸は3.1センチ)程の大きさで、本物そっくりであった。三娘子はこれらを竈の前に並べると、口に水を含んで吹きかけた。すると、木人が飛び起き、それに続いて木牛が身震いしたである。季和は己が目を疑った。

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