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三娘子(三)


 

 月余り後、季和は洛陽から戻る途中、再び板橋店を通り掛かった。行きと同様、三娘子の旅籠に宿をとった。偶然にも他の泊まり客はいなかった。
 三娘子はこの前と同じく、料理と酒と巧みな話術で季和をもてなしてくれた。夜も更けてそろそろ寝る時刻になった。三娘子は部屋に下がる前に言った。
「何かご入り用のものがあったら遠慮せずにおっしゃって下さいな」
 季和は答えた。
「明日は早立ちしたいので、軽く朝メシを食べて行きたいのですが」
 三娘子はニッコリ笑った。
「わかりました。では、ごゆるりとお休み下さいませ」
 そして、そのまま部屋に下がっていった。
 夜が明けると、三娘子が朝食の支度をしてくれた。食卓に並べられたのは果物と蕎麦粉の焼餅であった。すぐに、三娘子は何か思い出したように下がっていった。その隙に、季和は懐から包みを取り出した。包みを開くと三娘子が作った焼餅と色も形も同じ焼餅が出てきた。こちらはごく普通の蕎麦粉で作った焼餅である。
 季和は三娘子の妖術を会得したいと思うようになっていた。しかし、迂闊(うかつ)に三娘子に近付くと、自分も驢馬に変えられる恐れがある。そこで、一計を案じたのである。
 季和は包みの焼餅の一枚を食卓のそれとすり替えた。そこへ三娘子がお茶を運んできた。季和は包みを広げたまま、残念そうに言った。
「うっかりしてた。ここに来る前に焼餅を買って来たことを忘れてました。昨日買った分だから、食べてしまわないと悪くなってしまう。女将さん、悪いんだけど、この焼餅は別のお客用に取っておいて下さい」
 そして、包みの焼餅を食べ始めた。季和は三娘子の注いでくれたお茶を飲みながら、
「女将もこの焼餅いかがですかな。結構いけますよ」
 と言って、包みから一枚取り出して勧めた。三娘子は疑う様子もなく焼餅を受け取ると一口齧った。そして、何か言おうと三娘子は口を開いたが出てきたのは、

「ヒンッ!」

 驢馬の嘶きであった。これには本人も驚いたようで慌てて手で口を抑えようとした。しかし、その時には両手は前足となって、地面に四つん這いになっていた。三娘子が食べたのは季和がすり替えておいた焼餅だったのである。三娘子のいた場所では一頭の雌驢馬が嘶いていた。季和は三娘子の部屋から木人や木牛を入れた例の箱を取ってくると、この驢馬にうち跨がって旅籠を出た。驢馬の皮の下に三娘子の美しい肉体が隠されているのだと思うと、何だか妙な気がした。
 その後、季和は三娘子の妖術を会得しようと何度か試みた。しかし、どんなに水を吹きかけても木人も木牛も動かなかった。仕方がないので、三娘子の変じた驢馬を乗り回して天下周遊の旅に出た。驢馬は非常に壮健だった。一度として転ぶことがなく、日に百里(注:当時の一里は約600メートル)を行くことが出来た。

 三娘子が驢馬になってから四年経った。季和は驢馬に跨り、函谷関(かんこくかん、注:現在の河南省)を抜けて西へ向かっていた。丁度、華岳廟の東五、六里の所に差しかかった時、道端に一人の老人が現れた。老人は驢馬に跨がった季和を見ると、突然手を打って大笑いした。
「板橋の三娘子や、どうしてそんな姿になってしもうたのじゃ」
 そして、驢馬のそばに駆け寄ると手綱を取った。老人は季和に向かって、にこやかに話しかけた。
「こやつにも確かに過失はありましたわい。しかし、お前さんにここまでこき使われては、ちと可哀相な気もしますな。ここはワシの顔に免じて許してやって下さらんか」
 そう言って驢馬の鼻面を掴むと、口に両手を掛けてそのまま引き裂いた。びっくりした季和は驢馬から転げ落ちた。もっと驚いたことに驢馬の皮の中から、三娘子が人間の姿で飛び出したのである。
 三娘子は老人に向かって何度も頭を下げた後、何処へか走り去った。我に返った季和が辺りを見回すと、老人の姿はどこにも見えなかった。

 その後、三娘子の姿を見た者はいない。

(唐『河東記』)

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