山中の蜃気楼


 

 東省に煥山(かんざん)という山がある。しばしば蜃気楼が目撃されることで有名であった。

 明の嘉靖二十三年(1544)、県令(注:県知事のこと)の張其輝(ちょうきき)が公務で煥山を通りかかった。公務のため夜を徹して山道を急いでいた。東の空が明るんできた時、ふと山頂に塔が一つ、二つ現れるのを見た。やがて幾棟もの楼閣が現れた。その内に高い城壁や姫垣が六、七里も連なって、すっかり城市(まち)が出来上がった。

 城壁は高く聳(そび)え、楼閣は無数に瓦を連ね、昇り来る朝日を受けて燦然(さんぜん)と輝いていた。また城門を往来する車馬、人の群がる市場も見え、その様子は海に現れる蜃気楼と全く同じである。朝日が昇り切ってすっかり辺りが明るくなると、城市も最後の光輝を見せた。その時急に大風が吹いて来て、塵や埃が立ち込め、城市の風景が薄く微かになった。やがて風が収まり、辺りがハッキリして来ると、一切のものが全て跡形もなくなっていた。

 山並みは元に戻り、木々が鬱蒼(うっそう)と茂るだけであった。

(明『夜航船』)