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十三郎と阿霞(六)


 

 「夏の嵐の晩だった。雷は鳴る、大風が吹くわ、畑の土の流れた家もたくさん出た。葉家の裏庭も例外ではなかった。墓の盛り土が流れて棺がむき出しになってしまった。それだけでなく蓋まで飛ばされておったそうな。そこで葉家の父御が埋め直しに行ってみると、この阿霞の亡骸(なきがら)が息をしている。女衆を呼んで一晩中見守っているうちに、ついに生き返ったのだ。しかし、阿霞は家に戻るのを拒んだ。そればかりでなく、自害しようとするのじゃ。自分は晁家の十三郎に嫁した身だ、証拠の品もある、と言い張ってな。葉家の方でも娘の差し出した品には見覚えがなかったから、うちに真偽を確かめにきた。証拠の品というのはいつもお前が首から下げていたあの玉よ。とうとう葉家の方でも折れて、阿霞を送ってきたというわけだ。まさにこれは奇跡としか説明のしようがあるまいて。おまけにお前まで大赦で戻って来られたのだからなあ。これは一つ葉家と相談して改めて婚礼を行わねばな」
 十三郎が叔母に出会ったことを話すと、
「それはお前の末の叔母さんだよ。嫁入り前に亡くなっている。お前が生まれて間もなくのことだ」
 と不思議がった。

 阿霞は穏やかな性質で舅姑によく仕えた。十三郎は心から阿霞を愛し、阿霞も十三郎に惜しみなく愛情を捧げた。全身全霊で愛し合うその姿は、異郷の地に離れ離れになっていた三年間を取り戻そうとするかのようであった。しかし、好事魔多し。まだ新婚の夢も覚めぬ頃、思いもかけないことが起こった。阿虎の息子が匪賊(ひぞく)に身を投じたのである。彼は十三郎を血祭りに上げて父の仇を討つ、と公言してはばからなかった。いかに十三郎が剛毅でも、匪賊相手では分が悪すぎる。多勢に無勢である。なす術もなく悶々とする十三郎に阿霞がすすめて言った。
「男たるものが身を隠して逃げ暮らすというのはいかがなものでしょう?あなたがなさったことは正しいことです。これはお上もお認めになったことでしょう。いっそのこと軍に投じてお国にご恩返しをなさいませ。かしこくも天子様のお慈悲をもって、今日の私達があるのですよ。それにいかに悪党といえども、まさかお上の功臣の家を襲うようなことはしますまい。お父様、お母様のことはご案じなされますな。私にお任せ下さい。あなたのお留守をしっかりお守りいたします」
 そう言われて十三郎も決心がつき、軍隊に志願した。
 沙漠で転戦すること三年、幾多の軍功を立て、ついに凉州総兵(注:凉州は現在の甘粛省。総兵は将軍クラス)にまで昇進した。阿霞は季節ごとに着物を仕立てては、手紙をつけて十三郎の任地へ送ることを欠かさなかった。やがて豫夫婦は病床に臥せる身となり、阿霞の看護の甲斐もなく相次いで亡くなった。阿霞の嘆きようは大層なもので、実の子以上のものであった。不在中の夫に代わって、彼女が葬儀一切を取りしきった。
 十三郎の方は中州(注:湖南省一帯)総兵に昇進した。向うところ敵なしと言われていたが、ある晩の奇襲攻撃の時、先陣を切って突入して敵の陥穽(かんせい)にはまり、壮絶な戦死を遂げた。
 浙江で夫の戦死の公報に接した阿霞は終始、無言であった。彼女は寝室の扉を締め切って初めて声を放って泣いた。それから急に笑い出した。
「もう、おしまい」
 外で聞いていた家人はてっきり阿霞がショックのあまり気がふれたのかと思った。寝室の扉がいつまでたっても開かないので押し入ってみると、阿霞は縊(くびれ)れ果てていた。
 十三郎が夢の中で見た帳簿の最後の数行には、おそらくこのことが書かれていたのであろう。だから、美青年は十三郎に見せなかったのである。

十三郎と阿霞はお互いに思い会う仲であったが、孝心篤い十三郎はそれゆえに罪人となり、三年を離れ離れに過ごすこととなった。晴れて夫婦となったのもつかの間、十三郎は出征し、とうとう再会を果たすことはできなかった。忠烈な十三郎は天恩に報いるために死んだ。十三郎ゆえに甦(よみがえ)った阿霞は、十三郎の後を追って黄泉路に下った。その節義、天もご照覧あれ。

(清『夜雨秋燈録』)

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