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天の賜物


 

 巫閭(いふりょ)山は広寧(注:現在の遼寧省西部)の名山である。また、そこに祭られている閭山公廟が霊験あらたかなことでも有名であった。
 実際、どのような霊験があったのか、具体的に語ることのできる者はいないのであるが、廟内の神像は恐ろしげでうっそうと木々が茂り、甚だ不気味な雰囲気が漂っていた。そのため、昼日中でもそこに入る人は首筋の毛の逆立つ思いがした。近隣の者の話によると、しんと静まり返った夜には廟内から怪しい物音が聞こえるとかで、そうした奇怪な噂話にわざわざ遠回りをしてこの廟を避ける旅人も少なくなかった。

 金の参知政事(注:副宰相)になった梁肅(りょうしゅく)は若い頃、医巫閭山の近くの率馬嶺に住んでいた。科挙試験のための特別講習を受けていたのだが、その講習も終わり、学生仲間で四方(よも)山話にふけった。色々と話している内に怪談話に花が咲き、誰それは胆が太いらしいということに話題が及んだ。各々、心当たりを列挙したのだが、梁肅はその度に鼻で笑って、
「そんなの大したことないさ」
 と認めようとしない。
「オレなら暗くなってからでも閭山公廟を一巡りして来られるぜ」
 平気な顔をしてこう言うのであった。学生達は、面白半分に、
「へえ、なら、何か証拠になるものを持ってきてもらわなきゃ」
 とそそのかしにかかった。すると、梁肅は涼しい顔で、
「じゃあ、廟の壁に線を引くことにするさ。そうすれば一巡りした証拠になるだろう」
 それならば明日の晩にでも、ということに決まった。
 翌日の晩、梁肅達は約束どおり廟に出向いた。学生達を門の外で待たせて、梁肅は一人だけで廟内の暗闇に姿を消した。
 梁肅は真っ暗な廟内を消し炭で壁に線を引きながら手探りに進んだ。ちょうど東の突き当たりに来た時、手に何やらフワフワと柔らかいものが触れた。探ってみるとどうやら人が壁にもたれかかっているようである。梁肅はてっきり幽鬼にちがいない、とやにわに担ぎ上げ、出口目指して走り出した。
 門の外で待っていた学生達は、梁肅が意外に早く戻ってきたのでその理由を尋ねると、梁肅は笑いながら、
「おい、驚くなよ。幽鬼を背負って来たんだ」
 と言って背負ったものを投げ出した。
 すぐに灯りが点されたのだが、そこに照らし出されたものを見た一同は驚きのあまり目を丸くした。それは花嫁衣裳をまとった美人だったのである。
 美人は固く目をつむり、生きているのやら死んでいるのやら定かではなかった。その形のいい鼻がかすかにピクピク動いていることから、生きていることが知られた。しかし、学生達は美人を幽鬼なのではないかと恐れ、あえて近寄ることはせず、遠巻きにして見守った。ほどなくして美人は目を覚ました。美人はおずおずと起き上がると、不思議そうに辺りを見回した。
「ここはどこでっしゃろ」
 そこで、学生達は口々にここが広寧であること、彼女をこの廟内で見つけたことなどを説明した。続いて、学生達も美人に幽鬼なのか、人なのか、どこから来たのか、と矢継ぎ早に質問した。美人は、
「うちは揚州(注:江蘇省)の者どす。輿入れの途中、突然大風が吹いてきたのまでは覚えとります。その後は頭がボゥっとなってしもうて、気がついたらここにおるんどす」
 学生達は美人が生身の人間で、しかも遠く離れた揚州から来たと聞いて、しきりに不思議がった。また、、改めて梁肅の豪胆さにも感心した。一方、美人は、
「そうどすか、ここは広寧どすか…揚州は遠いおますなあ…」
 途方に暮れた様子でそう繰り返しながら涙を流した。その姿の哀れさに皆、同情の念を禁じえなかった。しかし、どうしてやることもできない。すると、学生の一人がこんなことを言い出した。
「うーん、ここから揚州に戻るのは至難の業だよ。こうなったらここに骨を埋めるしかないかもしれないぞ。なあ、梁君はまだ独り身で、このお嬢さんは嫁入り前と言うじゃないか。これは何かのめぐり合わせかもしれない。どうしてこの美人は揚州からはるばる広寧まで飛ばされて来たのかい?そして、どうして今日、梁君がこの廟に肝試しに入ったのさ。廟に入ったのは梁君だけだろう?きっとこの美人は神様から梁君への贈り物なんじゃないかな」
 一同、そうだ、そうだ、と盛り上がり、梁肅はこの美人を連れて帰ることになった。

 揚州から飛ばされて来た美人を娶った直後に受けた試験で、梁肅は見事及第した。それからはトントン拍子に出世し、十数年の内に数多くの要職を歴任した。妻との関係も円満で、数人の子に恵まれた。夫婦の不思議な縁は時の人々に広く知られ、皆は梁肅の妻のことを「天賜夫人」と呼んだ。

 幾多の兵乱を経た後も、梁氏の一族は生き残った。これも天の賜物なのであろう。

(金『続夷堅志』)