無常酔酒(一)


 

 、豊都城(注:四川省)に李某という商人がいた。あちらこちらへ手広く行商をし、結構な実入りであった。その日も近郊に行商に出たのだが、戻る途中で日が沈んでしまった。彼は考えた。急いで県城に戻ったところで、もう城門は閉まっているだろう。それならこの近くで宿を探して、そこで一泊してから明日の朝早くに戻った方が疲れもしないし、安全なのではないか。そう考えていると、ちょうどそう遠くないところに灯りを見つけたので、そこへ行って一夜の宿を乞うことにした。
 それは酒甕工場の灯りであった。そこでは二人の兄弟が夜なべ仕事をしていた。兄は毛大、弟は毛二といった。商人は灯りを頼りに、この工場にたどり着くと扉を叩いて声を掛けた。
「すんませんがのう、一夜の宿を借してほしいんじゃが」
 兄の毛大が応対に出た。
「何しちょるんじゃ。こんな夜中に」
「私は行商人です。仕事で遅うなって戻れんようなったんです」
続いて姿を現した毛二は面倒くさそうな顔をした。
「うちは宿屋じゃないけんのう。それに寝床もないわ。どこに泊まろうっちゅうんかいの?」
 商人は腰を低くして頼んだ。
「泊まるところなんてのうても構わんですけん。ええ、あなた方の夜なべをお手伝いしたってええし、それはそちらのご都合に合わせようってもんです」
 現金なもので、毛大、毛二はただで手伝ってもらえると喜んで、即座に承知した。商人は荷物を下ろして、二人を手伝い始めた。
 夜食の時間になった。三人は酒を飲みながら世間話を始めた。毛大が言った。
「あんたの行商っちゅうんは、やり甲斐はあるんかいのう」
「まあ、どうにか食べていける程度ですか」
 と商人は謙遜して答えた。毛二は商人の荷物に目を遣ってたずねた。
「あんたは色んな品物を商っちょる言うとったけど、どんな品物なんかわしらに見せてもらえんかの」
 商人は断りきれずに荷物を開いて、商品の綾絹や緞子(どんす)を二人に見せた。酒甕工場の外の世界を知らない毛兄弟はたまげてしまった。こんな結構な品物を今まで見たことがなかった。初めて見る色とりどりの布に糸、金銀の装飾品から眼が離せなくなった。そのあまりのきらびやかさに眼はかすんでしまった。同時に良心の方もかすんでしまい、良からぬ考えが頭をもたげた。商品を片づける商人に、兄弟は小用を足しにいくと言って外に出た。厠(かわや)で二人は商人を殺して商品を奪う算段を立て始めたのである。
 厠から戻った兄弟は商人をますます親切にもてなした。商人は今まであちこちに行き、このような待遇を受けることがしばしばあったし、厚遇に心を許して商品や命を奪われた商人の話もよく聞いていた。何となく嫌な予感がして、勧められた酒を用心深くチビリチビリと飲むようにした。ほどなくして兄弟は拳(けん)を始めた。兄弟の用意した料理には何か混ぜられていたのだろう、商人は頭がボウッとしてきた。気が付くと商人は自分も拳に参加しており、負けが重なって酒を次から次へと飲まされてそのまま酔いつぶれてしまった。
「おいおい、ここで寝ちょると風邪引くで」
兄弟は商人の体を揺さぶった。しかし、商人はすっかり酔いつぶれて泥のように眠っていた。兄弟はお互いに顔を見合わせると奥から麻縄を持って来て商人の首に巻き付けた。
「よいせぇっ!」
 綱引きの要領で縄を左右から引いた。商人の口からうめき声一つもれなかった。哀れ、こうして彼は身内に看取られることなく命を落としたのであった。
 商人を始末したものの、兄弟には難問が残された。死体の処理をどうすべきかであった。初めは工場の前のため池に放り込もうかとも思ったが、いずれ浮かび上がってくる恐れがある。兄弟はしばし額を寄せ合って考え込んでいたのだが、ついに妙案を思いついた。何のことはない、自分達の商売に生かせばよいのである。

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