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無鬼論


 

 の人、阮瞻(げんせん)は現実主義者で徹底した無鬼論者であった。無鬼論とは幽鬼の存在を否定するものである。誰かが幽鬼のことを話題に上せようものなら、お得意の無鬼論を振りかざして論破した。当時、阮瞻の無鬼論に反論できる者はなく、彼自身も己が理論を完璧なものと思っていた。

 ある日、この阮瞻のもとを尋ねてきた者があった。阮瞻が会ってみると弁舌爽やかで、理論は甚だ明晰であった。そこで、客として丁重にもてなした。二人の議論は弾み、話題が幽鬼の存在に触れた。客人は言った。
「幽鬼は存在しますよ。霊魂というものは不滅で、肉体が滅んだ後も存在しうるものです。その霊魂が生前の姿をとったものが幽鬼ですよ」
 この一言で客人に対する阮瞻の評価は一気に下がった。明らかに小馬鹿にした様子を見せて、鼻先でフフンと笑った。
「ほう、あなたは幽鬼が存在すると言うのですか」
「ええ。幽鬼を見た者は多数いますからね」
「確かにたくさんいますね。しかしですね、不思議なことに幽鬼は皆、きちんと着物を着ておりますな。霊魂が幽鬼という形をとって現れるのなら、幽鬼の纏っている着物は着物の幽鬼ということになる。着物にも霊魂なんてものがあるんですかね」
 これには客人はぐうの音も出ず、悔しそうに俯いてしまった。
「あなたの負けですね」
 阮瞻は勝ち誇って言った。客人は俯いたまま顔を上げようとしなかった。議論に夢中で気が付かなかったが、すっかり外は暗くなっていた。阮瞻は灯りに火を点けた。
 しばらくの沈黙の後、客人は再び口を開いた。
「しかしですな、幽鬼のことは古より聖賢も認めていることではありませぬか。あなただけ、どうして幽鬼の存在を否定するのです」
 その声音はくぐもり、人間の口から発せられたものとは思えなかった。冷気がどこからともなく流れ込んだようである。阮瞻は思わず、身震いした。風もないのに、灯りが大きく揺れた。客人の声はますますくぐもったものになった。
「最後に一つだけお尋ねいたします」
 灯火のせいだろうか。客人の影が揺らいで見える。
「あなたの無鬼論が正しいのなら…」
 人の目があんなに爛々と輝くものだろうか。これも灯火のせいか?

 

「…ならば、この私の存在はどう説明するのですか?」

 

 阮瞻の目の前で客人の体が膨れ上がった。そして、そのまま不定形の漆黒の塊になると、窓から外へ流れ出て行った。
「幽鬼だ…」
 阮瞻は魂が抜けたように、その場にへたり込んだ。

 一年余りして阮瞻は病没した。

(六朝『捜神記』)