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忠犬烏龍


 

 稽郡句章(注:現在の浙江省)に張然という人がいた。都に単身赴任の身で、家には若い妻が残された。子供はまだなく、召し使っている男の奴隷が一人いるだけであった。孤閨(こけい)の寂しさから、この妻は奴隷を誘惑してついには夫婦同然の仲になってしまった。奴隷は主人のように振る舞い、妻は嬉々として仕えた。
 都の張然はようやく休暇を取れたので、帰宅することにした。お供はウーロン(烏龍)という犬であった。このウーロン、足が速い上に非常に聡明、おまけに主人思いの忠犬であった。
 突然の主人の帰宅の知らせに接した妻と奴隷は、邪魔な張然を殺そうと計画した。
 懐かしの我が家に一歩入った途端、張然は何やら妙な空気を感じ取った。妻はいつになく化粧が濃いし、それに奴隷の履いているのは自分の鞋(くつ)ではないか?
「ねえ、じきにまたお別れでしょ。たんと召し上がれ」
 張然と並んで坐った妻は料理を勧めた。しかし、張然は箸をつける気にはなれなかった。入り口では奴隷が弓矢の手入れをしているのだが、時折、何とも凶悪な目つきでこちらを見ているのである。
「旦那、早く食わんと冷めちまいますぜ」
 奴隷はドスの利いた声で勧めた。張然は己の身に危険が迫っていることを悟った。そこで肉を一切れつまみ上げると、ウーロンの前に放ってやった。そして心の中で、
(お前を飼って何年にもなる。今、ワシは危険にさらされている、お前は助けてくれるか?)
 と念じた。  ウーロンは肉の匂いを嗅いでいたが、食おうとはしなかった。ただ、張然と目が合うと、唇を舐めてから奴隷の方を見た。張然にはウーロンがなぜこのような仕草をしたのかがわかった。なおも料理に箸をつけないでいると、奴隷が食べろ、食べろ、と催促してきた。
 その時である。張然は膝を打って叫んだ。
「ウーロン、かかれ!!」
 その声に応じて、ウーロンは奴隷に飛びかかった。
「ぎゃぁっ!」
 奴隷は刀を落とした。そのまま地べたに倒れて転げまわった。ウーロンは奴隷の股ぐらにガッチリと噛みついていた。張然は刀を拾い上げると、奴隷を斬って捨てた。妻の方は縛り上げて、県の役場へ突き出した。妻は後に姦通を犯した罪で処刑された。

(六朝『捜神後記』)