特殊能力


 

 侯弘(かこうこう)は特殊能力を持っていた。彼は幽鬼を見ることができたのである。見るだけでなく、会話することもできた。もっとも、これは本人の言である。

 ある時、鎮西将軍謝尚の馬が突然、死んでしまった。謝尚はこの馬を大層可愛がっていたので、わが子を失ったかのように悲しみ嘆いた。この時、たまたま弘は謝尚のもとにいた。謝尚の嘆きようがあまりにもひどいのを見てこう言った。
「あなたの馬を生き返らせてさしあげましょうか?」
 謝尚は弘の特殊能力については聞き及んでいたが、信じてはいなかった。
「もし、私の馬を生き返らせることができたら、あなたの能力を信じましょう。さもなければ稀代の大嘘つきということになりますよ」
 弘は黙って聞いていたが、やがて何処かへ出かけて行った。しばらくして戻って来た弘は謝尚に言った。
「廟神があなたの馬を気に入って、連れて行ったのです。頼んでみたら快く返してくれました。すぐに生き返りますよ」
 謝尚が半信半疑で馬の屍の前に坐っていると、外から馬の嘶(いなな)きが聞こえてきた。見ると、死んだはずの馬と寸分違わぬ馬が外から駆け込んできた。馬は屍の前まで来ると、パッと消えてしまった。それと同時に、死んだはずの馬が起き上がって嘶いたのである。
 感謝した謝尚は弘を手厚くもてなした。酒を酌み交わしながら四方山(よもやま)話をするうちに、謝尚は突然、深くため息をついた。
「私にはこの年になっても跡継ぎがない。私が一体、何の罪を犯したんで
しょう…」
 弘はしばらく考え込んでいたが、何とも答えなかった。ただ、
「今、見えるのは小者ばかりでございます。訊ねたところで、無駄でしょう」
 弘が謝尚のもとを辞去して帰る途中、一人の幽鬼に出会った。幽鬼は新しい牛車に乗り、十人許りの青いお仕着せ姿の従者を連れていた。頗る立派な供揃えであった。弘は牛車の行く手を遮ると、牛の鼻面を掴んだ。
「何故に、邪魔をする」
 幽鬼は車の中から怒鳴りつけた。弘は牛の鼻面を掴んだまま言った。
「ききたいことがある。鎮西将軍の謝尚を知っているだろう。彼には跡継ぎがない。謝将軍は先人の遺風を残す立派なお方だ。家を絶やすわけには参りませぬ」
  すると幽鬼は表情を和らげて言った。
「そなたの言うておるのは、ワシの息子のことじゃな。あれはな、若い頃に下女を誘惑したのじゃ。『お前以外の女を娶ることはしない』とな。しかし、さっさと下女を捨ててしもうた。捨てられながらも下女はずっとその言葉を信じて待っておった。哀れにもな。近頃、亡くなったのだが、怨んで怨んで、逝きおった。死後、天に息子の不誠実を訴えてな、それが取り上げられたので、跡継は持てぬ運命にあるのじゃ」
 弘は謝尚のもとに戻ると、幽鬼の話を告げた。話を聞いた謝尚は、ガックリと肩を落とした。
「確かに、そういうことがありました。あの頃の私は奔放でしたから。ああ、あの女、本気で私のことを待っていたとは…」

 弘が江陵(注:現在の湖北省)にいた時のことである。夜道を歩いていると、手に矛を持った大鬼が数人の小鬼を連れてのし歩いていた。さすがの弘も恐ろしく感じたので、草むらに姿を隠してやり過ごすことにした。大鬼が通り過ぎ、小鬼達もキィキィ言いながらその後に続いた。最後の小鬼が通り過ぎる時、弘はその襟首を掴むと、草むらに引っ張り込んだ。
「おい、お前たちは何者だ?」
 弘に襟首を掴まれて、小鬼はキィキィ鳴いた。
「早く答えろ!答えないと食っちまうぞ」
 食うと言われて小鬼は震え上がった。
「キィッ!それだけはご勘弁を。言います、言います、言いますから…。私どもは疫鬼です。広州(注:広東省と広西地区)で、一暴れした帰りです」
「あの矛は何に使うんだ?」
「人の命を取る時に使うんです。矛で腹を刺されたらもうお終いです。必ず死にます。外れた人は運がいい。死ぬようなことにはなりませんから」
「フン、で、治す方法はあるのか?」
 小鬼は始め、答えたくなさそうであった。しかし、弘に締め上げられて渋々答えた。
「烏骨鶏を殺して患部に貼り付けるんです。そうすればすぐに治ります。私が教えたなんて内緒ですよ」
「これからどこへ行くんだ?」
「まず、荊州(注:現在の湖北・湖南省全域)に行って、それから揚州(注:現在の江蘇・浙江・福建・江西省全域と安徽省南部)へ行くんです。あそこは人がたくさんいるから暴れ甲斐があるってもんです」
 この頃、原因不明の腹痛で死ぬ者が続出した。弘が烏骨鶏を殺して病人の腹に貼り付けてみると、十人中八、九人は助かった。

 烏骨鶏を疫病除けに使うのは、弘から始まったのである。

(六朝『雑鬼神志怪』)