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霍小玉伝(三)


 

 がて約束の八月になったが、李益からは何の音沙汰もなかった。何度か人をやって消息を探らせてみても、入ってくるのは当てにならない噂ばかり。その内容は日毎に違うというありさま。そして、一年が過ぎる頃には小玉は懊悩(おうのう)の余り床に就く身となり果ててしまった。
 李益からの音信は絶えたが、小玉は親しい人達に贈り物をしては何とか連絡を取ってもらおうとした。そのため出費はかさむ一方になり、日々の暮らしにも困窮するようになってしまったのである。それでも李益に関する消息を得たいがために、装身具の類を取り出しては腰元を内密に質屋ににやって金に換えさせていた。
 ある日、小玉に言い付けられた浣紗が紫玉の釵を一本持って質屋に行った時のことである。その途中、一人の老人と出会った。その老人は浣紗が手にした釵を見ると近寄ってきて言った。
「この釵は昔、わしが造った物じゃ。霍王様のお姫様がお髪(ぐし)上げなさる時にご注文があってのう。霍王様は一万銭、払ってくれたわい。今日まで忘れられないでおるわ。して、お前さんはどうしてこの釵をお持ちなのかの?」
 老人は霍王家に出入りの玉細工の職人だったのである。浣紗が答えた。
「うちのお嬢様がその霍王様のお姫様なのです。零落されましてね、人に身を任されました。ご主人が先年、洛陽へ行かれまして、以来お沙汰がないんです。お嬢様は心労の余りご病気になられました。もう二年になります。それでもお忘れになられず、この釵を売らせて、それを元手に人に頼んでご主人の消息を探らせようとなさるのです」
 それを聞いた老人は痛ましさの余り、涙を落とした。
「歴としたお家柄に生まれながら、こんな目にお遭いになられるとは。人の運命とは分からぬものよ。痛ましさに胸が張り裂けそうじゃ」
 老人は浣紗を延先公主の屋敷へ案内してくれた。公主は小玉の身の上を聞くと同情を禁じ得ず、しばらく涙を落とされた。そして、釵を十二万貫で買い取ってくれた。

 当の李益の方はこの頃どうしていたのであろうか?

 彼は任地に着いてまず、洛陽に滞在していた両親に会いに行った。驚いたことに彼の不在中に母が従妹の盧(ろ)氏との縁談をまとめていた。母は厳格な人で、李益もこの母にだけは頭が上がらなかった。そうこうする内に話はとんとんと進んで、残るは結納だけという所まで来た。しかし、盧氏の家からは百万の支度金がないと娘を嫁がせるにも面目が立たないから耳を揃えて用意しろ、と言ってきた。百万という大金、そう簡単に用意できるものではない。親戚中を回って借りることに決めた。休暇を取って遠くの親戚に無心に行くことにして、あちこち回っている内に秋になっていた。小玉との約束の期日はとっくに過ぎてしまった。
 実はこの頃には李益の心の中では小玉に対する思いはとっくに消え失せていた。このまま音沙汰なしにすれば小玉の方も諦めてくれるだろう、下手に別れを告げて相手を傷付けるよりも、この方が彼女にとっても自分にとってもいいことだ、と独り決めして、知人たちに手紙を送ると自分の消息を小玉に伏せておくよう頼んだ。

 何も知らない小玉は李益の書いた起請文を取り出し、それを眺めては涙に掻き暮れていた。母の浄持は娘の悲運を嘆き、腰元達は男の不実を怨んだ。
 同じ頃、一人の娘が喜びに包まれていた。縁談相手が百万の支度金を整えた、との朗報を受け取ったのである。それは李益の縁談相手の盧氏であった。彼女もまた長安にいたのである。

 

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