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嫁とり


 

 観年間(627〜649)のことである。

 王申という人が街道筋で茶店を開いていた。小さな茶店で、妻と十三歳になる一人息子の三人で切り盛りしていた。ある蒸し暑い日、表に客引きに出ていた息子が戻ってくるなり、
「父ちゃん、道端で女の人が水を欲しがってるよ」
 と言った。店に呼び入れてみると若い娘で、碧色の衣装に白い頭巾を着けている。娘に身の上をたずねると、
「私はここから南に十里ほど行った所の者です。夫に死なれまして、ようやくその喪が明けたところです。子供もいないし、もう実家もないので、とりあえず馬嵬(ばかい)の親戚の家に身を寄せようかと思っております」
 と答えた。娘の応対はハキハキしており、挙措は愛らしかった。そこで、王申は引き留めて言った。
「これからだと馬嵬に着くまでに日が暮れてしまう。若い娘さん一人では危ないよ。うちに泊まったらどうだい。出かけるのは明日にしたらいいだろう」
 女は王申の勧めに喜んで従った。王申の妻が奥へ娘を連れて行き、食事を出してやった。娘は返礼の代わりに何か手伝いたいと申し出た。そこで、ちょっとした繕いものをさせてみると、ほどなく全部こなしてしまった。速いだけでなく、仕上がりも綺麗だった。王申の妻は娘を見ているうちに、こんな嫁が来てくれたらなあ、と思い始めた。そこで、冗談に紛らわせて言ってみた。
「あなたが、うちの子のお嫁さんになってくれればねえ…」
 すると、娘ははにかみながら答えた。
「私は寄る辺のない身の上ですわ。置いて下さるなら、竈(かまど)のお掃除でも何でもさせていただきます」
 妻からこのことを聞いた王申は早速店を閉めて、婚礼の準備に取り掛かった。市場へ走って、古着屋で晴れ着を借り、酒と料理を買い込んできた。その夜、家族だけのささやかな婚礼を済ませると、王申は息子に言い含めた。
「今夜からこの娘さんと一緒に寝るんだよ。この人はお前の大事なお嫁さんだ。何でも言われた通りにするんだよ」
 息子は少しぐずったが、母親になだめすかされてようやく娘と一緒に部屋に入った。扉の外で中の様子を伺っていた王申夫婦の耳に娘の声が聞こえてきた。
「最近は泥棒が多いんですって。しっかりかんぬきをかけておかなきゃね。かんぬきをかけたらこっちへいらっしゃい…」
 それに続いて寝台のきしむ音が聞こえた。一安心した夫婦は、自分達も寝に就くことにした。
 その日は、夜中になっても蒸し暑かった。そのせいか王申の妻は妙な夢を見た。息子が髪を振り乱して助けを求めているのである。
「母ちゃん、おいら食われちまうよ…」
 驚いて飛び起きた王申の妻は夫を揺すぶり起こすと、夢のことを話した。王申は息子の様子を見に行こうとする妻を引き止めた。
「食われるなんて…そりゃ、あいつ、初めてだからなあ、わけが分からないんだろうて」
 そう言われて、妻も寝直すことにした。しばらくウトウトしたかと思うと、また同じ夢を見た。今度は王申も同じ夢を見て飛び起きた。灯りを手に夫婦で息子の部屋の前で様子を伺った。しんとして物音一つしない。声を掛けてみたが、返事もない。扉を開けようにも、内側からかんぬきがかかっていて、ビクともしなかった。
「坊や、坊や、開けてちょうだい!」
 王申の妻は半狂乱になって扉を叩いた。そこへ王申が斧を持って来て、扉を打ち壊した。その途端、扉の隙間から黒い影が飛び出してきた。灯りに照らし出されたのは爛々と目を光らせ、乱杭歯をむき出しにした全身藍色のいやらしい化け物であった。その化け物は王申夫婦を突き飛ばすと走り去った。
 部屋の中に息子の姿はなかった。ただ、寝台の上に頭蓋骨と髪の毛が残されているだけであった。

(唐『酉陽雑俎』)