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新死鬼


 

 んだばかりの幽鬼がいた。人はその死後、肉体もないのにどうやって痩せるのか太るのかはわからないが、この幽鬼は痩せ衰え、疲れ切った足取りでふらふらと歩いていた。
 たまたま、生前の友人と出会った。同じく幽鬼であるが、こちらは死後二十年のベテランである。丸々と肥えていて元気そのものに見えた。
「よ〜お、久しぶり〜。調子はどうだ〜い?」
 とおっとりした口調できいてくるので、
「ひもじくてたまらんのだ。君はうまくやってるようだね。何かいい手はないものかな?」
 と答えると友人の幽鬼は、
「それならわけないよ〜。人間に祟ればいいのさ〜。びっくりしてお供えを用意してくれるも〜ん。そうすりゃあ、おまんまにありつけるよ〜」
 と教えてくれた。そこで、新米の幽鬼は人のたくさん住んでいそうな大きな村へ向かうと、東はずれの家へ入っていった。幽鬼は知らなかったのだが、この家は熱心な仏教徒で日夜精進を欠かさなかった。
「さて、どうしようかな…」
 幽鬼が見回すと、西の部屋に石臼があるのが目についた。
「よし、手始めにあれにしよう」
 幽鬼は見えない手でその石臼をひき始めた。折よくそこへ家人がやって来た。
「しめしめ、これで飯にありつけるぞ」
 誰も動かしていないのに勝手に回り続ける石臼を見た家人は、驚きで表情が固まってしまった。
「恐ろしさのあまり、声も出ないんだな」
 幽鬼は嬉しくなって、ますます張り切って石臼を回した。と、突然、その人は合掌すると、涙を流し始めたのである。
「ありがたや、ありがたや、ナムアミダブ、ナムアミダブ…」
 しばらく念仏を唱えた後、どこかへ行ってしまった。突然、騒がしくなったかと思うと、その家の主人が家族を引き連れてこの西の部屋にやって来
た。
「お前達、ごらん」
 と主人は石臼を指さして言った。
「これはだな、仏様が我が家の貧乏を哀れんで、幽鬼を遣わして石臼をおひかせになっておられるのじゃ。これも、日頃の信心の賜物じゃぞ。さあ、折角の仏様のご好意じゃ、どんどん麦を運んで来い。幽鬼にひいてもらおうぞ」
 貧乏というわりには沢山の麦があったもので、次から次へと運ばれて来た。幽鬼の方では、
「大層、ありがたがってくれてるから、こりゃ、腹一杯食べられるぞ」
 と大張り切りである。家人は石臼の前に並んで合掌すると、
「ナムア〜ミダ〜ブ、ナムアミダ〜」
 と声をそろえて唱和し出した。
「父さん、隣の麦も借りて来ようか?」
 息子らしい若者が主人にきいた。主人が答えるには、
「隣は仏様を信じていない、放っておくように」
 とのことであった。
 幽鬼は夕方までせっせと石臼を回した。もう、どの位麦をひいたのかもわからなくなっていた。

「お〜い、前よりもやつれたなあ〜」
 新米の幽鬼が振り返ると、友人の幽鬼がニコニコ笑っていた。相変わらず羽振りが良さそうで、前にも増して福々しくなっている。
「やい、何でオレを騙した?」
 新米の幽鬼は友人に食ってかかったが、大声を上げた途端、力が抜けてヘナヘナとその場に坐り込んでしまった。
「騙しただなんて〜、も〜う、人聞きが悪いなあ〜」
 友人の幽鬼はおっとりと答えた。新米の幽鬼が休み休み事の顛末を説明するのを聞いて、またもやノホホンと、
「いやあ、行った家が悪いんだなあ。別の家に当たってみろよ、きっと大丈夫さあ〜」
 そこで、新米の幽鬼は再び、村へと向かった。前回は東の家でひどい目にあったので、今度は西はずれの家に入ることにした。幽鬼は知らなかったのだが、その家は一家を挙げて熱心な道教の信者であった。丁度、門の脇に脚で踏むからうすがあったので、その上にあがって踏み始めた。音を聞きつけて、家人が様子を見に来た。
「おお、昨日、甲さんの所に幽鬼が現れて手助けしてくれたと聞いたが、何とわが家にも現れてくれたわい。ありがたや、真君さま。さ、家にある籾を運んで来い、この機会に全部ついてもらおう」
 家族総出で籾を運んだり、箕をふるったりと大騒ぎであった。
 幽鬼はまたもや張り切ってからうすを踏んだ。夕方まで休まずに踏み続けたのである。

「お〜い、痩せちゃってまるで幽鬼みたいだぞお」
 のんびりした声に振り返ると、またもや友人の幽鬼であった。また、前よりも太っていた。
「お…お…お…お前は…何の…恨みが…あって…オレを…騙すんだ…。二日続けて…人助けを…させられた…上に…一杯の…飯に…も…ありつけ…なかった…ぞ…」
 友人はその福々しい顔一杯に同情の色を見せて言った。
「いやあ、そりゃあ、君の運が悪いんだよ〜。あの二軒はね、信心深い家だろう。なかなか怖がらないんだよ〜。今度はさあ、普通の家に行ってごらんよ。きっと、ご飯にありつけるよ〜」
 と言うわけで、また別の家に行ってみた。門口に竹竿が掛けてあったが、見る限り特別何かを信心していると言う風ではない家である。門をくぐると、数人の娘達が窓際で笑いさざめきながら食事をしていた。庭に入っていくと白い犬が寝ていた。そこで、この犬を抱き上げて歩いてみた。
「あっ!犬が宙を歩いているわ!!」
 娘の一人が叫んだ。あっという間に一家の老若男女が集まって大騒ぎになった。
「恐ろしや、恐ろしや…こんなことは生まれて初めてじゃわい」
 老人がつぶやいた。早速、呪(まじな)い師を呼んで占わせた。呪い師は言った。
「これは幽鬼が食を求めているのです。庭に食事と酒の用意をしなさい。丁重に祭るのです。さすれば、祟りは止むでしょう」
 言われた通りにすると、犬は何事もなかったかのように地面に下りてきた。当の犬は自分の身に何が起きたか全然分からない様子で大きく欠伸をした。

 新米の幽鬼はやっと食事にありつくことができた。以来、家を選んで祟りをなすようにしたので、食に事欠くことはなくなった。

(六朝『幽明録』)