心鉄


 

 、一人の商人がいた。年若く、容姿すぐれた男で、いつも舟で河を往来していた。
 ある時、西河の下流に停泊した。桟橋のそばに高楼があり、その窓辺には年若い美女の姿があった。四つの目が互いの存在を認めるのにそう長い時間はかからなかった。思いのたけをこめて二人はじっと見つめ合った。若い二人が直接、言葉を交わし、思いを伝えることなど世間では許されないことであった。二人は一言たりとも言葉を交わさなかったが、思いを伝えるのには見つめ合うだけで十分であった。
 一ヶ月あまり経ち、年若い商人は舟の纜(ともづな)を解いてその町を去った。
 女が病の床に就くようになったのは、その後まもなくのことであった。女は病床にありながらも、いつも桟橋を見つめていた。ある日、とうとうその目は何も映さなくなった。
 女の父は娘の遺骸を荼毘(だび)に附した。炎は容赦なく美女の肉体を焼き尽くし、紅顔も虚しく灰と化した。その灰のちょうど胸のあたりに何やら塊が一つだけ残された。硬くて鉄によく似ていた。不思議に思った父はその塊を磨いて、光をあててみた。
 そこには桟橋をはさんで向かい合う舟と高楼が浮かび上がって見えた。かすかではあるが、人らしき姿もある。それを奇とした父は、大事にしまっておいた。
 後にくだんの商人が、またこの町を訪れた。高楼の女の死を知って悲嘆に暮れたが、どれだけ泣いたところで亡き人が甦るわけではなかった。その内、女の父が灰の中から得た鉄塊のことを耳にした。そこで百金を携え、女の父を訪ね、見せてくれるよう頼んだ。
 商人は鉄塊を手にとってすかし見た。そこに映っているのは女の思いであった。彼は悲痛のあまり涙を落とした。涙は血に変わり、鉄を濡らした。
 その途端、鉄は灰となって砕け散った。

(明『情史』)