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靴下


 

 倹は若い頃、不思議な体験をした。
 驢馬に乗って呉楚地方へ行く途中、洛陽を通りかかった。ひどい喉の渇きを覚えて付近を見回すと、ちょうど道端に小屋があった。その窓辺では二十歳あまりの女が縫い物をしていた。
「すみません、お水を一杯いただきたいのですが」
 唐倹の声に応じて、女は縫い物の手を止めた。その手には縫いかけの靴下が握られていた。女は立ち上がると、隣の小屋へ入っていった。続いて、
「お水を一杯下さいな。旅のお方が喉が渇いたとおっしゃってるの…」
 と言う女の声が聞こえた。ほどなくして、女は茶碗を手に戻ってきた。唐倹が小屋の中を見回してみると、竃(かまど)もない粗末な部屋であった。唐倹は女にたずねた。
「どうして火の気もないのです?」
「貧しくて煮炊きができないのです。食事はお隣から分けていただいております」
 女はそう答えて、再び縫い物を始めた。どうやら急ぎの縫い物のようで、寸暇も惜しんで手を動かし続けた。
「何をそんなに急いでらっしゃるので?」
 女は縫う手を休めず答えた。
「私の夫は薛良(せつりょう)と申します。貧しい行商人です。嫁いで十年余りになるのですが、まだ一度も夫の実家へ帰っておりません。しかし、明日の朝、ようやく夫が迎えに来てくれます。それに間に合うようと急いでいるのです」
 唐倹は好き心を起こして女の気を引いてみたのだが、女の方では取り合わず、せっせと靴下を縫い続けた。女の操の堅さを知った唐倹は、おのれの浅ましい行いが恥ずかしくなった。そこで、餅を二つ置くと、礼を言って立ち去った。
 十里(注:唐の一里は約560メートル)ほど進んだ時、唐倹は重要な書類を忘れたことを思い出した。急ぎ洛陽まで引き返して書類を受け取り、その晩は泊まることにした。

 翌朝、唐倹が洛陽を発とうとしたところ、葬列に出くわした。誰の葬列かとたずねてみると、
「行商人の薛良の柩(ひつぎ)です」
 との答えが返ってきた。それは昨日の女の夫の名前であった。
「薛良は結婚五年目で妻を亡くしたのですが、先祖の墓が遠くにあるため運ぶことができず、城内にひとまず仮埋葬しました。それから五年経って今度は薛良が亡くなりましたので、その兄が先に亡くなった妻の柩を掘り出して一緒に先祖の墓へ運ぶことにしたのです」
 不思議に思った唐倹は葬列の後をついて行った。葬列は、唐倹が昨日水をもらった所で止まった。そこには小屋の姿など影も形もなく、塚があるだけであった。やがて、柩が掘り出された。柩の上には餅が二つと靴下が一足置いてあった。
 唐倹の心に悲しみがこみ上げた。

(唐『続玄怪録』)