幽鬼の腰痛


 

 熙(じょき)は後に射陽令(注:射陽は江蘇省の地名。令は地方長官のこと)になった人であるが、若い頃は鍼灸を修め、そちらの方でかなり名が通っていた。
 ある真夜中のこと、眠っていると暗闇ですすり泣く声がする。いつもきちんと戸締まりをしているので、外から何者かが入り込むはずはない。これはてっきり幽鬼だと思って、怒鳴りつけた。
「人か?幽鬼か?一体何の用があってこんな夜中に人を起こすのだ」
 すると闇の中からか細い声が聞こえてきた。
「私は 斛斯(こくし)という者です。おっしゃる通り幽鬼でございます。実は腰が痛んでたまらないのです。あなた様が針に関しては権威だと聞き及んでおりましたので、一つ診て頂こうと参った次第でございます」
 徐熙は自分の腕前の噂が冥界にまで伝わっていたのかと、少しいい気になりながら
「腰痛か。それはつらいであろう。しかし、幽鬼になった者がなんで痛みを感じるのだ?」
 とたずねると幽鬼が答えるには、
「幽鬼になっても痛いものは痛いのです。あなた様も幽鬼になればわかりますよ」
「なるほど…痛みからは永遠に逃れられないということか。ならば、私は死んでからも職に困ることはないな」
「そんなことより、早く針を打って下さい。夜が明けてしまいます」
「わかった、わかった。すぐ打ってやる…や、これは困った。お前、幽鬼だろう、体がないではないか。どこに打てばよいのだ?」
「それなら、藁を束ねて人形(ひとがた)を作って下さい。それに私がとり憑きますから、人形を人に見立てて針を打って下さればよろしいです」
 徐熙は幽鬼の言う通りに藁で人形を作って腰のツボに四針、肩に三針打った。それから、藁人形を燃やし、酒飯を供えて弔ってやった。

 次の夜、幽鬼がやって来て礼を述べた。
「あなた様のおかげで、腰痛はすっかりよくなりました。おまけにお弔いまでして頂いて、本当にありがとうございます」

(元『湖海新聞夷堅続志』)