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笑い上戸(三)


 

 いうことで、帰る所のなくなった嬰寧を子服の家で面倒を見ることになった。ところがこの嬰寧、人並み以上に笑うが、人一倍よく働きもするのである。朝は早く起きるし、縫い物もうまい。ただ、実によく笑う。笑い袋のように笑う。しかし、その笑いは決して他人を不快にさせるものではなく、どんなに気難しい人でもつい釣り込まれて一緒に笑ってしまうような笑いであった。だから皆に好かれた。家人ばかりか近所の女達も嬰寧と往来するのを喜んだ。
 子服の母は嬰寧にいろいろと不明な点はあるが、何と言っても息子が好きで連れてきた娘であるし、自分も日に日に可愛く思っていたので、思い切って吉日を選んで婚礼を挙げることにした。婚礼の席上でも嬰寧は相変わらず笑っている。美しい花嫁衣裳に身を包んでクックッと笑う。笑いが爆発する前に、ということで式も早々に済ませてしまった。
 嬰寧が天真爛漫すぎることから、子服は夫婦の秘密をところかまわず喋るのではないかと心配した。しかし、その点では大丈夫であった。意外と口が堅かった。
 母にはよく仕えた。使用人達とも折り合いがよかった。ただ、花を愛するのが度外れており、親戚中を探し回り、良いものがあると簪を質に入れてでも買い取る。そのようなわけで嬰寧が来てから子服の家は花だらけになってしまった。子服の庭には西隣の家に面して薔薇の花棚があった。嬰寧はよくその上にのぼって花を摘んでは髪に挿していた。
 ある日、隣家の息子が花棚に上った嬰寧の姿を見てしまった。この息子も嬰寧の美貌に一目で惚れ込んでしまった。じっと見詰めても嬰寧は姿を隠そうともせずニコニコ笑っている。隣家の息子、これはてっきり自分に思し召しがあると思って目配せしてみた。すると、嬰寧は垣根根方を指差して樹から下りた。
 これを隣家の息子は密会の約束と解釈して大喜び。早速、暗くなるのを待って垣根へと急いだ。暗くてよく見えないが、垣根の根方に女の姿があるようである。そこで、いきなり抱き付いた。その途端、悲鳴を上げて倒れてしまった。
 悲鳴を聞きつけた隣家の嫁が駆け付けると、夫が人の形に似た枯れ木の傍らに倒れている。枯れ木の、人間で言えば腰に当たる部分にくぼんだ穴があり、その中に大きなサソリが一匹蠢いていた。抱き付いた瞬間、このサソリに急所を刺されたのである。隣家の家人が集帰らぬ人となってしまった。
 隣家では息子の死は子服夫婦に責任がある、なぜなら嬰寧が息子を誘ったのだから、と県に訴えた。県では子服の人となりを熟知していたから、逆に隣家の主人を誣告(ぶこく)罪で捕えて笞(むち)打たせた。子服がとりなしたので、ついに釈放された。
 子服の母は嬰寧を呼び付けるといつになくきつい口調で言った。
「お前がここまで愚かだったとは…。無分別に笑ってばかりいるからこういうことになったのですよ。幸い、お役所の方で分かっていてくれたからよかったけれど、もしも融通の利かないお役人だったら、子服だけでなく女のお前まで引っ立てられて、かきたくもない恥をかかせられる羽目になっていたのだよ」
 嬰寧はいつになく神妙に話を聞いていた。そして、母の言葉が終わると、
「もう、決して笑いません」
 ときっぱり誓った。
「笑わない人なんていませんよ。ただ、時と場合を考えなさい、と言っているだけだから」
 そう母が言い聞かせても嬰寧は「笑わない」の一点張り。
 以来、本当に嬰寧は笑わなくなってしまった。

 ある夜、夫婦二人で向かい合っていた時、嬰寧が初めて涙を流した。ビックリして理由を問うと、
「今まで黙っておりましたが、あなたやお母様が私のことを心から可愛がって下さっていることが分かりましたので、思い切って申し上げます」
 とかしこまった口調で答える。
「一体、どうしたの?改まって」
「実は以前呉さんがおっしゃっていたように、私は狐の子です。母が死ぬ時に、幽鬼の母、つまりあなたの伯母様に私を預けました。あなたの伯母様は私を実の子のように十年あまりも育てて下さいました。でも、今では塚も崩れ、弔ってくれる息子もおらず、その魂は一人寂しく野辺をさまよっております。お願いでございます。幽鬼の母のお弔いをしていただけないでしょうか?私が頼れるのはあなただけ、後生ですわ」
 子服は快く承知した。そこで、早速柩を用意して西南の山へと出かけた。子服が訪れた村里のあった場所はただ茫々と草木が生い茂り、どこに塚があるのか分からない。すると、嬰寧が「あっち、あっち」と指差す。下男に掘らせると果たして老婆の遺骸があった。弔ってくれるもののない無念が残っているせいか、さながら生きているかのようであった。嬰寧は遺骸にとりすがって思う存分泣いた。それから用意した柩に納めて帰ると、嫁ぎ先の秦家の墓に合葬した。
 その夜、子服の夢に老婆が現れ、礼を述べた。翌朝、嬰寧にこのことを話すと、
「私も夕べ会ったわ」
 と言う。
「引き止めてくれたらいいのに。みんなに会わせたかったのになあ」
 と子服が残念がると、
「あなたを起こすなって言われたの。だって、母はもう幽鬼よ。一遍にたくさんの生きている人となんて会ったら、それこそ魂消ちゃうわ」
「なるほどね。ところであの子は?小栄はどうしてるの?」
「小栄ならもうお嫁に行ったそうです。実はねあの子も狐なの。死んだ狐の母が私の世話をするようにって残して行ったの。私にはホントよくしてくれたわ」
 以来、清明節(注:陰暦の三月。郊外に遊びに出たり、墓参りに行く)には欠かさず夫婦で秦家の墓参りに行った。嬰寧は間もなく男の子を生んだ。嬰寧に似た可愛い子でよく笑った。誰に抱かれても人見知りをしないのである。皆、あれは母親譲りだと言い合った。

 確かに嬰寧は笑わなくなった。しかし、決して不機嫌な顔をしているわけではなく、周囲の空気を和ませる雰囲気を漂わせ続けたのである。

(清『聊斎志異』)

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