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白い鸚鵡


 

 の天宝年間(742〜756)に嶺南(れいなん、注:広東・広西・安南地方)から一羽の白い鸚鵡が献上された。珍しく思った皇帝はこの鸚鵡を手元で飼うことにした。宮中で暮らすこと数年、元々聡明なこの鸚鵡は中華の言葉を憶え、達者に喋るようになった。上は貴妃から下は奴隷に至るまで、皆この鸚鵡を「雪衣女」と名づけて可愛がった。
 皇帝もこの「雪衣女」を非常に可愛がり、宮女に命じて詩を教え込ませた。この鸚鵡、詩をすぐに憶えるだけでなく、皇帝が上の句を詠めば下の句を続けて唱和する。また、皇帝が将棋を指す時にはいつも鸚鵡を側に止まらせていた。そうすれば必ず皇帝は勝つことができた。なぜなら、皇帝が負けそうになると「雪衣女」は羽を振るって盤上の将棋の駒を滅茶苦茶にしてしまうからである。時には対局の相手を突ついたりもした。このように聡いので、ますます愛された。

 ある朝、「雪衣女」は貴妃の鏡台に飛んで来て言った。
「貴妃様、今朝は夢見が悪うございました。鷹に襲われて死ぬという夢です。もしかしたら私は本当に死ぬのかもしれません」
 あまりに怯えたその様子に貴妃は陛下に申し上げて守ってやるから、と慰めた。
 皇帝はこの話を聞くと、貴妃に命じて「雪衣女」に多心経を教え込み、災難除けのために朝晩唱えさせることにした。「雪衣女」は熱心に多心経を唱えたが、それでも夢のことは忘れられなかった。

 それから一月ほどして、皇帝と貴妃は郊外へ出遊した。貴妃は「雪衣女」を輦(れん、注:輿の一種)に乗せて同行させた。輦の周囲を屈強な侍衛に警護させたので、「雪衣女」も安心して久しぶりの外の風景を楽しんでいた。
 その時、突然、一羽の大鷹が飛来すると「雪衣女」に襲いかかった。大鷹は羽で「雪衣女」の体を打った。パッと白い羽が飛び散って「雪衣女」の体は声もなくクルクル舞い落ちた。わずか数秒の出来事であった。皆が駆け寄った時には「雪衣女」はもう息絶えていた。

 皇帝と貴妃は非常に嘆いたが、事ここに至っては為す術もなかった。「雪衣女」の遺骸を宮中に持ち帰ると埋葬して鸚鵡塚を立てたのである。

(唐『譚賓録』)