玉の指輪


 

 東の徂徠(そらい)山に光化寺という寺がある。この寺の一室で年若い一人の書生が学問に励んでいた。夏のある涼しい日、廊下で休みがてら壁面の書を読んでいた時のことである。どこからともなく白衣に身を包んだ美女が現れた。年は十五、六、楚々とした美しい娘である。
「どこからいらしたのです」
 と、きくと娘は笑って、
「この山の麓に住んでおります」
 と答えた。書生はこの山の付近に人家がないのはわかっていたが、かといって妖かしと決め付けるには娘は美しすぎた。ほれぼれと見つめると娘は恥ずかしがって袖で顔を隠した。手をとって娘の体を引き寄せた途端、なよなよとくずおれた。まるで花を手折った時のようであった。抱き上げてそのまま部屋に連れ込み、二世の契りを結んだ。

 事が済んでから娘は言った。
「田舎娘とお見捨てにならず、いつまでもお仕えさせて下さいませ。今日は帰らねばなりません、しかし近い内にまた参ります。その時はずっと一緒にいさせて下さい」
 書生は引き止めようとしたが、娘は何としても今夜は帰ると言う。そこで書生は日頃から常に肌身放さず持っている白玉の指輪を娘の指にはめて言った。
「これを上げよう。母の形見なんだ。これを見たら僕のことを思い出して、早く戻って来ておくれ」
 それから、娘を送って行った。少し行くと娘が言った。
「家族の者が迎えに来ているかもしれません。もう、ここでお帰りになって」
 書生は娘と別れるとすぐに山門に上り、柱の蔭に隠れて娘の様子を見守った。娘は百歩ほど行くと忽然と姿を消した。書生は娘の消えた場所を憶えておいてすぐにそこへ行ってみたのだが、開けた空き地で隠れるような場所などない。娘の消えた痕跡を探そうにも何一つ見つからなかった。

 夕暮れも近付いたので、諦めて帰ろうとすると一本の白百合が目に付いた。美しい花をつけている。楚々とした雰囲気はあの娘を彷彿(ほうふつ)とさせるものがあった。部屋に飾れば娘が喜ぶだろうと思って、その根を掘り起こしてみると、根は大きく張り、球根は普通の百合の数倍もあった。部屋に持ち帰って花瓶に生けた。

 翌日になっても、その翌日になっても娘はやって来なかった。白百合は日に日に萎れていった。十日ほど経っても娘は現れなかった。白百合は枯れてしまった。処分しようと花瓶から出した時、ふと悪戯心を起こして球根の皮を一枚ずつはがしてみた。百枚近い皮をすっかり剥がし終えた時、何かが転がり出た。

 それは娘に渡した白玉の指輪だった…。

(唐『集異記』)