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伯裘(はくきゅう)


 

 朝宋(420〜479)の時のことである。
 酒泉郡(注:現在の甘粛省。しかし、宋に酒泉郡はない)では太守が着任して間もなく死ぬという不思議な事件が続発した。
 何人かの太守が不審な死を遂げた後、渤海(ぼっかい)の陳斐(ちんはい)に酒泉太守の辞令が下った。呪われた職務ということで陳斐は憂鬱になった。悶々としているうちに、容赦なく赴任の期日は迫ってくる。そこで占い師にその吉凶を見させると、
「『遠諸侯、放伯裘』と出ました。この言葉の意味を解きさえすれば、心配はありません」
 と告げられたのだが、陳斐にはさっぱり意味がわからない。占い師はこう続けた。
「赴任なさればその意味はおのずからわかるでしょう」
 陳斐が酒泉郡に赴任したところ、侍医に張侯、直医に王侯、事務官に史侯と董侯といういずれも名前に「侯」のつく者がいた。陳斐は占い師の言葉を思い出した。
「『遠諸侯』とは、この者達を遠ざけろ、という意味か」
 そこで、この四人を遠ざけることにした。
 残るは『放伯裘』である。考えてはみたのだが、トンと見当がつかない。仕方ないのでその日はもう寝ることにした。
 真夜中、陳斐は蒲団の上に重みを感じて目を覚ました。蒲団の上に何かのっているようである。そこで、陳斐は蒲団をつかんでおおい被せた。ぐっと抑え込むと、その物は飛び跳ねてドンドンとけたたましい音を立てた。物音を聞きつけて、衛兵が松明(たいまつ)を手に集まってきた。衛兵が槍で突き殺そうとしたところ、その物は人語を発した。
「それがしには悪意はございません。ただ、閣下を試そうとしただけでございます。一命をお助け下されば、ご恩に報いることを誓います」
 陳斐は衛兵を制止して、その物に問いかけた。
「お前は何物だ。どうして、私を襲った」
 化け物はしおらしい声でこう答えた。
「私は一千歳を経た狐でございます。修行を積み、今では魅に変化いたしました。そろそろ神になる段階まできております。しかるに閣下のお怒りに触れ、今までの修行を台無しにするところでございました。私の名は伯裘と申します。もしも閣下が危難にさらされた時には、私の名前をお呼びなさい。すぐに飛んで参ります」
 この答えに陳斐は大喜びした。
「ああ、『伯裘を放せ』というのはこのことだったのか」
 そして、蒲団を少し開くと、その隙間から一条の赤い光が飛び出し、そのまま外へ飛び去った。
 次の日の夜、門を叩く音がする。誰何(すいか)すると、
「伯裘でございます」
 との答えが返ってきた。
「何用ぞ?」
「報告にまいりました。北辺で盗賊が暴れております」
 早速、陳斐が調べさせると、その通りであった。
 以後、何か事件が起こるたびに、陳斐は伯裘から前もって報告を受けた。
 しばらくすると、酒泉の治安はすっかりおさまり、こそ泥すらもなりをひそめてしまった。住民は陳斐のことを「聖府君」と呼んだ。
 一月余り後のことである。主簿の李音という者が陳斐の侍女とねんごろになった。このことを伯裘に暴露されるのを恐れた李音は、先手必勝とばかりに陳斐を殺そうと謀った。幸い同心する者がいた。それは陳斐の着任早々、退けられた張侯、王侯、史侯、董侯の四人の諸侯であった。
 李音と諸侯は陳斐が一人になる時を見計らって、木刀を手に乱入して殴りかかった。
「伯裘!我を助けよ!!」
 陳斐は叫んだ。それに応じて、サッと音を立てて赤い反物のような物が飛び込んできた。その途端、李音及び諸侯は失神して地に倒れ、縛についた。
 取調べに際して、五人は洗いざらい白状した。
「酒泉郡の実権を握っていたのは李音です。閣下がご赴任された後、己の実権が失われるのを恐れた音は、畏れ多くも暗殺を企てました。しかし閣下は着任早々に諸侯を退けられました。それで企ては頓挫いたしたのでございます」
 陳斐は李音を殺させた。伯裘は、
「李音の一件、閣下のお耳に入れるのが遅れたばかりか、閣下直々のお召しをこうむることになりました。本当にお役に立たず、申し訳ございません」
 と詫びた。

 それから一月余り経ったある日、伯裘は突然、陳斐に別れを告げた。
「ようやく修行が成り、これから天に上ります。閣下とお会いすることはもうないでしょう」
 そう言って姿を消した。

(六朝『捜神後記』)