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聰明非凡


 

 宋の韓世忠の夫人梁紅玉(りょうこうぎょく)はもとは京口(注:現在の江蘇省鎮口)の娼妓であった。
 まだ娼妓だった頃、賀朔(がさく、注:五月一日に朝賀すること)のために、夜明け前に城内に入った。廟を参拝したのだが、早い時間だったのでほとんど人影がなかった。紅玉が何気なく柱の根方に目をやると、虎がうずくまって寝ていた。しかもゴウゴウと鼾(いびき)をかいているのである。驚いた彼女は廟の外へ飛び出した。しかし、虎のことは誰にも告げなかった。
 しばらくすると、廟を参拝する人が増えてきたので、紅玉は虎が寝ていた柱を見に戻った。柱の寝方に虎の姿はなく、一人の兵士が寝ているだけであった。相変わらずゴウゴウと鼾をかいていた。
 紅玉はそばに近寄ると、兵士を蹴り飛ばした。
「あんた一体、誰なのさ?」
 兵士は眠そうに目をこすりながら答えた。
「オレかい?オレは韓世忠だ」
 まっすぐ帰宅した紅玉はこの一件を母親に告げた。あの兵士はきっと常人ではないだろう、と。
 そこで、再び廟に取って返すと世忠を家に連れ帰った。酒食を並べてともに夜更けまで飲み交わした。そして、二人は夫婦の契りを交わしたのであった。紅玉は身一つしか資本のない世忠への援助を惜しまなかった。必要とあれば、金であろうと絹であろうと惜しみなく提供した。
 紅玉の見込んだ通り世忠はただの兵士では終らなかった。数々の勲功(くんこう)を立て中興の名将となったのである。紅玉も安国夫人の称号を賜った。
 韓世忠が黄天蕩(こうてんとう)で金の兀朮(ウジュ)率いる大軍と対峙(たいじ)したことがあった。もう少しで兀朮を捕虜にできそうなところで、敵は水路を掘りぬいて逃げてしまった。
 その時、紅玉は世忠は機を失して敵を逃がしてしまったのだから存分に処罰してほしい、と上奏した。この潔さにかえって朝廷の方が驚いた。
 その聰明非凡なこと、すべてこのようであったという。

(宋『鶴林玉露』)