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奉誠園の女


 

 の元和年間(806〜820)のことである。鳳翔節度使李聴の甥で金吾参軍に任じられた李官という男がいた。
 ある非番の日、従者を連れて永寧里から野遊びに出かけた。安化門外まで来たところ、一台の車に出会った。銀(しろがね)の装飾が施してあり、非常に麗しい。車を牽くのは真っ白な牛で、後ろには二人の女が白馬に跨り、白い衣を身にまとってつき従っているのだが、どちらも不思議な美しさをたたえていた。
 李官は大家の御曹司であったから、誰はばかることなくその後について行った。気がつけば日暮れ時になっていた。二人の女は李官に言った。
「若様は貴人でいらっしゃるから、常日頃美しい女性ばかりご覧になっていらっしゃるのでしょう。私達ではお目を汚すだけですわ。ただ、お車の中のお方はそれは麗しくていらっしゃいましてよ。きっと若様のお気に召すでしょう」
 それを聞いた李官は喜んだ。
「是非、お会いしたいものだ」
 すると、女の一人が馬を早め、車に寄って何事かささやいてから、李官を振り返って言った。
「ついていらして下さいませ。お帰りになってはなりませんよ。若様のことはお話しましたから」
 李官は大喜びでついて行った。芬々(ふんぷん)たる異香が鼻をうった。香りの源は前を行く車のようであった。日が暮れた頃、奉誠園(ほうせいえん)に着いた。女達が言った。
「奥様はこの東に住んでいらっしゃいます。若様はここでお待ちになって下さいませ。すぐに迎えにまいります」
 李官は馬を路傍に止め、車が中へ入っていくのを眺めていた。しばらくして、一人の婢女(はしため)が門から姿を現し、こちらに向って手招きをした。李官が馬を下りて中へ入ると、広間へ通された。広間中によい香りが漂い、仙境に遊ぶ心地がした。
 夜も更け、ひときわ濃密な香気が襲ってきたかと思うと、女主人が姿を現した。白衣をまとった十六、七歳の神仙のごとき麗人であった。李官、すっかり嬉しくなった。その晩の歓楽は言葉では表せないほどであった。
 夜明けに女と別れて家に帰った。帰宅した李官は馬から降りた途端、頭を抱えて、
「痛い、痛い」
 とわめき始めた。
 辰の刻から巳の刻まで(注:午前八時から十時)苦しんだあげく、とうとう脳が破裂して死んでしまった。家人が従者に昨夜のことをたずねると、
「若様はよい匂いがするとおっしゃってましたが、それがしには蛇のなまぐさい臭いしかしませんでした。その臭いこと、近づくこともできないほどでした」
 と答えた。
 そこで、従者に昨夜泊まった所まで案内させると、そこには枯れた槐(えんじゅ)の木があり、洞(うろ)には大蛇がとぐろを巻いたような痕があった。槐を切り倒し、地面を掘り返したところ、大蛇の姿はすでになかった。ただ、白い小さな蛇が数匹いたので、これを打ち殺したのであった。

(唐『博異志』)