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玄宗観燈


 

 元年間(713〜741)初めの正月十五日のこと、玄宗は洛陽の上陽宮で元宵の観燈を催した。
 お抱えの毛順という職人が工夫を凝らした光の楼閣を作り上げた。それは色とりどりの布を結び合わせた長さ二十間(注:一間は約1.8メートル)、高さ百五十尺(注:当時の一尺は約31.1センチ)という壮麗なものであった。懸け連ねられた金銀珠玉はひとたび微風が吹けば打ち合って素晴らしい音色を響かせた。その燈篭は龍や鳳、虎、豹の姿をかたどり、人力をはるかに超えた精緻さであった。
 これを見た玄宗は大喜びで師と仰ぐ道士の葉法善(しょうほうぜん)を呼び寄せ、観燈のお相伴をさせた。葉法善は玄宗とともに楼閣を眺めていたが、一礼してこう言った。
「当地の燈篭の盛んなこと比べるものもございません。しかし、西の涼州(注:甘粛省)の燈篭もなかなかに盛んでござりますぞ」
 玄宗はいたく心を動かされ、
「ほう、いつご覧になられたのか」
 とたずねた。
「たった今、彼の地から戻って参ったばかりのところ、急なお召しを蒙ってまかり越しましたわけでございます」
「朕もちょっと見に行くことはできないだろうか」
「たやすいことでございます。では、陛下、しばらくお目をお閉じ下され。私がよいと言うまで決してお開けになってはなりませぬぞ。もしもお開けになったら、きっと肝がつぶれてしまいますから」
 玄宗は言われた通り固く目を閉じ、ピョンと飛び上がった。何やら耳元でヒュウヒュウ聞こえるような気がしたかと思うと、もう足が地面についていた。
「陛下、お目をお開け下さい」
 玄宗が目を開けると、そこは見慣れた風景ではなかった。色とりどりの燈篭が数十里にも連なり、車馬がずらりと並んでいる。着飾った士人や婦人が行き交い、洛陽とはまた違った趣があった。
 玄宗はしきりに感嘆の声を上げながら、そのさまを眺めた。葉法善に促されて戻ることにしたのだが、その時ちょっとしたいたずらをした。路傍の酒屋に、携えてきた鉄の如意を酒代として残しておいたのである。
 玄宗は行きと同様、また目を閉じて飛び上がった。ほどなくして地に足がついたので目を開けてみると、洛陽の上陽宮に戻っていた。出発前に演奏させた曲がまだ終っていなかった。

 翌日、玄宗はほかの事にかこつけて使者を涼州に遣わした。ついでに何処其処(どこそこ)にある某という酒屋に行き、酒代を払って鉄の如意を引き取って来いと命じた。
 帰還した使者がもたらした鉄の如意を検分してみると、果たして玄宗が酒屋に残して来たものであった。

(唐『集異記』)