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海井


 

 亭県(注:現在の上海付近)の市中に小さな雑貨屋があった。雑貨といっても役に立つのかどうかわからないような小物を並べているだけである。そこに、ある時、小さな品が並んだ。
 一見すると底のない小さな桶のよう。材質は竹でもなければ木でもなく、金でもないし、石でもない。何という名なのかもわからなければ、何に使うのかもわからない。買い手もつかないまま数年が過ぎた。
 ある日、外洋船が寄港した。船には年老いた商人が乗り組んでいたのだが、これがたまたまこの雑貨屋に立ち寄ってくだんの品を見るなり驚喜した。撫でさすってやまず、値段は幾らかと尋ねる。売り手の方もなかなかのしたたか者で、銭五百緡(さし)と吹っかけた。すると、商人は嬉しそうに笑って、手間賃として三百緡つけよう、と言って、即金で買い取った。
 この気前のよさに驚いた売り手は、思い切って尋ねてみた。
「実はこれがどんな品なのか知らないのです。もう代金を受け取ったのですから、別段惜しんでいるわけではないのですが、よろしかったら教えていただけないでしょうか」
 すると、商人が答えるには、
「これは天下の至宝ですよ。その名を海井(かいせい)といいます。航海する時には必ず水を積み込まなければなりませんが、これが手間な上に、何日も経つと腐ってしまう。しかし、これを手に入れたのですから、もうそんな手間も要りません。大きな器に海水を汲んで、その中にこの海井を入れておけば、甘美な水に変じます。外地の商人からこの海井の話は聞いてはいたのですが、今日の今日までお目にかかることができませなんだ。やっと手に入れました」
 とのことであった。

(宋『癸辛雑識』)