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ひげの男


 

 州(注:江蘇省)の商人で蔡某という者がいた。以前、舟を京口(注:現江蘇省)に停泊させた時、一人の男を見かけた。身の丈高く、容貌魁偉(ようぼうかいい)、とりわけその見事なひげに蔡の目は釘付けになった。顎ひげ、頬ひげは腹に垂れかかるばかり、口ひげも長さ数寸(注:約3.1センチ)はあった。
 蔡はその口ひげを眺めるうちに、食事の時にはどうするのだろう、と不思議になった。そこで、この男に声をかけて食事をともにすることにした。
 男は食事に際して、まず帽子を脱いだ。そして髷(まげ)から簪(かんざし)を二本抜くと、口ひげを左右に巻き取ってそのまま鬢に挿した。そうして口元を開けておいてから、大いに飲み、かつ喰らい始めたのである。その食べッぷりはまことに傍若無人であった。
 男は食べ終わると、蔡に丁重に礼を述べた。
「ご厚情いたみいる。どうやって報いましょうぞ」
 そして、舟から一本の棍棒を持って来ると、蔡に渡してこう言った。
「もしも途中で舟が賊に襲われたら、これを見せてこうおっしゃられよ。
『ひげの旦那の圧驚棍(あつきょうこん)がここにあるのが見えないか』
 と。さすれば、賊は退散するでしょう」
 後に蔡の乗り込んだ舟が賊に襲われた。髭の男に言われた通り棍棒を取り出して見せると、賊は何も言わずに退散した。このようなことが何度か続くうちに、蔡もようやくあの男の正体が賊の親玉であったのか、と気がついた。

 数年後、蔡は九江(注:現江西省)で亡くなった。すると、ひげの男は香典に白金を送ってきた。そして、人を遣わして蔡の遺骸を京口まで護送させた。

(明『菽園雑記』)