南柯の夢(四)


 

 妻を失った淳于[林+分]の嘆きは深かった。彼は日夜、公主を思って泣き暮らし、政務をとることもできなかった。そこで太守の職の辞任し、公主の遺骸を守って都に戻りたい、と願い出たところ、国王から許可が下りた。
 淳于[林+分]は公主の霊柩(れいきゅう)とともにに南柯郡をあとにした。領民は嘆き悲しみ、餞別(せんべつ)を捧げた。中には車の轅(ながえ)に取りす がって行かせまいとする者もあった。
 国王夫妻は喪服をまとい、娘の霊柩を郊外まで迎えに出た。公主には順儀公主という謚(おくりな)を贈り、国の東十里のところにある盤龍岡(ばんりょうこう)に葬った。
 公主の葬儀も終わり、悲しみにも一つの区切りが着いた頃、淳于[林+分]は自分を取り巻く情況に微妙な変化が生じていることに気がついた。相変わらず彼は国王に次ぐ待遇を受けていたのだが、舅である国王との間にはわずかながら気まずい空気が流れるようになった。
 思えば、淳于[林+分]は国王の娘婿であるが、娘婿とは娘を媒介にしてこそ成り立つものである。媒介のいない今、国王にとって淳于[林+分]は赤の他人でしかなかった。この自分に次ぐ権勢を誇るかつての娘婿に対して、国王は少なからぬ脅威を感じ始めていた。奇妙な上奏文が奉られたのはそのような微妙な時期であった。
「国を大きな災いが襲い、都は遷(うつ)り、先祖の霊廟は崩れ落ちるでありましょう。この災いは他の一族であり、また一家でもある者から起こるものにございます」
 これに基づいて淳于[林+分]を讒訴(ざんそ)する者も現れ、国王は淳于[林+分]に蟄居閉門(ちっきょへいもん)を命じた。身に覚えのない淳于 [林+分]は無実を主張した。
 国王は淳于[林+分]を召し出して言った。
「御身は故郷を離れてからずいぶんと時が経った。しばらく故郷へ帰り、親族と対面するがよい。七人の子等は朕にとっても可愛い孫じゃ。ここに残したままで心配するには及ばぬ」
 淳于[林+分]はそれに対して異議を唱えた。
「槐安国は私にとって故郷も同然です。今さら帰れなどとどうしておっしゃられるのです」
 すると国王は笑って言った。
「いやいや、御身は俗世のお人。元いたところへ戻るのじゃ。三年経ったら迎えを寄越すから」
 そして、国王は淳于[林+分]に二人の使者をつけて、家まで送り届けさせることにした。それは最初に淳于[林+分]を迎えに来た使者であった。使者は顔も同じ服装も同じなのに、その態度にはよそよそしいものがあった。しかも用意された車は非常にみすぼらしいもので、ほかの従者の服装もパッとしない。昔、来た時とはまるっきり事情が違っていた。
 一般の車馬に混じって城門を出て、元来た道を戻っていった。先にくぐった洞(ほら)を通り抜けると、突然、目の前が明るくなり、元住んでいた邸の庭に出た。庭の様子は昔と少しも変わらない。庭を横切り、座敷の軒先で車を下りた。
 座敷に上がった淳于[林+分]は驚いた。そこには自分が寝ているのである。あまりの不思議に淳于[林+分]が呆然としていると、付き添ってきた二 人の使者が大声で呼びかけた。
「淳于殿、淳于殿」

 ……淳于[林+分]は突然、目が覚めた。見れば、いつも召し使っている童子が箒(ほうき)で庭を掃いていた。二人の友人は軒先に腰かけて足を洗いながら談笑している。日はまだ西の垣根に姿を隠してはいなかった。

 

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