南柯の夢(五)


 

 于[林+分]は二人の友人を呼ぶと、自身の体験した不思議を語って聞かせた。二人とも驚いて顔を見合わせた。なぜなら淳于[林+分]が眠っていたのはほんの半時ほどのことであったからである。わずか半時の間に、二十数年間にわたる夢を見ていたのであった。
 淳于[林+分]は友人と一緒に庭に下りると槐のそばへ行き、洞を指さして言った。
「ここから入って行ったんだ」
 そこで下男を呼んで斧を持って来させて洞を切り開いたところ、意外に奥行きの広いことがわかった。鋤(すき)で一丈(注:約3メートル)ほど脇へ掘り進むと、大きな穴がぽっかりと口をあけた。寝台を一つ置けるくらいの広さがあり、光が射し込んで明るかった。
 穴の中はおびただしい蟻の集落になっており、土くれや藁(わら)を積み上げて小さな模型のような城郭(じょうかく)を作っていた。その中央にほかのものよりひときわ大きな赤い建物があった。それを崩すと、白い羽に赤い頭をした大きな蟻が数十匹の大蟻に取り巻かれている姿が現れた。これが槐安国王の正体であった。
 また南の方へ根にそって掘り進めると、やはり蟻の小さな集落が見つかった。彼が夢の中で太守として治めた南柯郡であると知れた。
 しきりに驚嘆する友人を尻目に、淳于[林+分]はあるものを求めて東の方へ掘り進めた。東へ一丈あまり掘ると、別の空洞が見つかった。古い根がとぐろを巻いた龍のような姿をしており、その上には高さ一尺ばかりの盛り土がしてある。盤龍岡に葬った愛妻の墓であった。淳于[林+分]の目から涙がこぼれた。
 目の前に広がる穴の中の様子はすべて夢で見たものと一致していた。淳于[林+分]はこれ以上穴を破壊することを恐れて、急いで元通りにふさいだ。
 その夜、この一帯を激しい風雨が襲った。淳于[林+分]が翌朝、様子を見に行くと、穴は雨ですっかり流されており、蟻達もどこかへ姿を消してい た。
「国を大きな災いが襲い、都は遷り、先祖の霊廟は崩れ落ちるでありましょう。この災いは他の一族であり、また一家でもある者から起こるものにございます」
 という予言は的中したのである。

 淳于[林+分]は南柯の夢のはかなさを実感し、人の世のむなしさを悟った。以来、酒色を断ち、道教的な物事に興味を寄せるようになった。
 彼は南柯の夢から覚めた三年後の丁丑の歳に、一つあくびをしたかと思うとそのままゴロリと横になり、二度と目覚めなかった。

(唐『南柯太守伝』)

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