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盤瓠


 

 辛(こうしん)氏の時代のことである。
 王宮に一人の老女がいた。老女は長らく耳を患い、苦しんでいた。医者が診てみると、耳の奥で何やらカサコソと動いている。掻き出してみれば、それは一匹の虫であった。大きさは蚕(かいこ)の繭(まゆ)ほどもあった。
 老女は、長い間自分の耳の中にいた虫を瓠(ひさご)に入れ、平たい盤で蓋をした。その途端、カタカタと瓠が鳴ったかと思うと、盤をはね飛ばして犬が躍り出た。五色のブチをもつ立派な体格の犬であった。虫が犬に変じたのである。犬は「盤瓠(ばんこ)」と名づけられ、王宮で飼われることとなった。
 この頃、戎呉(じゅうご)が強大となり、しばしば国境を侵した。高辛氏の方でも討伐軍を差し向けるのだが、そのたびに撃破されていた。万策尽きた王は、戎呉将軍の首級を挙げるべく天下の勇者を募った。報酬は千金と封邑一万戸、そして王の愛娘であった。

 その日も、王のもとには敗戦の知らせが届いていた。王が我が国の命運はもう尽きたのか、と天を仰いだその時、ワッと外が騒がしくなった。そこへ盤瓠が何やら丸い、重そうなものをくわえて駆け込んできた。盤瓠がくわえていたのは血まみれの人の生首であった。血を洗い落として驚いた。それは戎呉将軍の首級だったのである。
 将を失った戎呉軍は離散し、高辛氏は危機を脱した。
 論功行賞に際して、群臣のほとんどは次のような意見であった。
「盤瓠はただの畜生にすぎず、官位や金子、妻を与えることはできません。その功績は認められましょうが、報いる方法がありません」
 そこで、盤瓠には第一の功労者として美しい首輪や新鮮な肉を与えられることとなった。しかし、盤瓠は目の前に褒美が並べられても見向きもしない。王の傍らに坐る王女を一心に見つめるばかりであった。
 王も王女もハッとして顔を見合わせた。盤瓠が王の最初にした約束を理解し、その実行を望んでいることは明らかであった。
 娘はやれぬ、そう王が言おうとした時、王女が口を開いた。
「父上は私を手柄を立てた者に与える、とおっしゃいました。盤瓠は敵の首級を挙げ、国の禍を取り除きました。これは天命が犬である盤瓠にそうさせたのです。王たる者はその言を重んじ、長たる者はその信を重んず、と申します。娘の身を惜しんで天下に背いてはなりません。これこそ国に禍をもたらすことになるでしょう」
 王は王女を盤瓠に与えた。
 盤瓠は王女を連れて南山へ向った。南山は草木がうっそうと茂り、いまだ人跡が分け入ったことのない場所であった。山に入る前、王女は華麗な着物を脱いで奴僕の着るような丈の短い着物を身にまとい、盤瓠とともに山へ分け入った。盤瓠と王女は谷間の石室で暮らし始めた。
 王は娘の運命を嘆き、何度か様子を見に人を遣わすのだが、その都度、嵐に襲われたり、厚い雲に阻まれたりして、誰一人山に入ることができなかった。

 三年の間に、盤瓠と王女は六男六女を儲けた。盤瓠が死ぬと、兄弟姉妹は互いに夫婦となり、南山で暮らし続けた。
 盤瓠の子供達は木の皮から採った繊維で布を織り、それを草の実で五色のブチ模様に染め上げた着物を身に付けるのを好んだ。着物には必ず尻の部分に尾のようなものがつけられた。
 後に王女は王宮へ戻り、王に南山での暮らしぶりを語った。そこで王が迎えの者を南山に遣わすと、今度は嵐に襲われることなく、無事に分け入ることができた。
 連れて来られた子供達の着物はつんつるてんで喋る言葉は意味不明。食事の時には地べたにうずくまるのである。盤瓠の子供達は山を好み、街を嫌った。王はその気持ちを酌んで、広大な山澤(さんたく)を与えた。

 盤瓠の子供達は「蠻夷(ばんい)」と呼ばれた。

(六朝『捜神記』)